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10章(14)

 医師の問診は続く。 「項の跡はどうなってます?」 「残っています」 「そうですか」  続いて医師はデスクのPCを起動させた。来院して問診票を書いてからすぐに採血された。その結果が表示されているようだ。  医師は顎に手を当てて、頷いた。 「あぁ、まだ発情期が終わってまもないと言うことですが、かなりフェロモン値は高いですね」  医師は問診票と検査結果を見比べる。ここにきてから、医師の顔がこちらに向けられないため、つられて数字が羅列されたそのPCの画面に視線を向けた。  医師が呟く。 「これは……、仕方ない部分があるんですよねぇ。項に跡が残っちゃった方は……」  そのように軽い吐息混じりで言われると、なんと反応してよいか迷う。 「番を亡くすと、どうしてもフェロモンは不安定になりますしねぇ」  そこで初めて医師がこちらを向いた。  とりあえず抑制剤を出しておきますね、とあっさり言われる。診察もされていないのだけどいいのかなと思いつつ、尚紀は頷いた。 「はい……」 「それでちょっと様子を見てください。まあ、効くかは正直微妙なんですよね。お守り代わり、みたいな感じかなー。やっぱり跡が残っちゃうとね」  どうも医師の口調からすると、番を亡くし跡が残ったままのオメガは抑制剤が効かないのかもしれない。そうか、そうなのか。病院にいけば何とかなると思っていたのは甘かったのだなと尚紀は察した。  尚紀は医師から処方箋を受け取る。 「もし薬が合わなかったりしたら言ってくださいね」  そう言ってくれたが、そもそもあまり効かないとされる、お守り代わりのような抑制剤で、合う合わないとか分かるのかなと疑問に思うが、頷いた。  ありがとうございましたと尚紀は立ち上がる。 「はーい、お大事に」  何かを入力しながら医師は手を振った。あっさりとしたもので、検査結果と問診で、三分ほどで終わってしまった。  四時間待ったのに……と少し不満にも思う。  診察室を出て会計を済ませてから抑制剤を近くの調剤薬局で受け取ると、尚紀はフラフラしながら帰宅した。  コートを脱ぐと、そのままベッドに横になる。寒くてエアコンのスイッチを入れ、そのまま掛け布団を被る。  疲れた。だるいな。病院に行ってもあまり楽にはならなかったなと振り返る。    番を失ったオメガが、フェロモンの症状で辛いと訴えても、結局医療でできることは限られるということなのだろう。あの医師は「仕方がない部分がある」と言っていた。あの言葉を聞いて、正直がっかりした気持ちもあった。  たまたまそういう病院だったのかなとも思うけど、専門科だったし、そういうものなのだろう。  抑制剤はお守りと言われたものの、本当に効かなかったら精神的なダメージは大きそう。次に発情期が来た時に飲んでみるべきか。尚紀は迷い、薬袋をテーブルの上に置いた。  そうだ、診察が終わったら連絡をしてね、とマネージャーの庄司に言われていたんだと尚紀は思い出し、スマホを手に取ったが、疲れは最高潮にきていて、そこで力尽きてしまった。  あとでにしよう……。

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