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10章(15)
「おはよう! 今朝仕事に行くのに外に出たら、空気が冷たすぎて思わず凍ったよ。でも快晴だね! 空がとても綺麗だ。尚紀もこの空を見ているかな」
「百貨店は恵方巻きとバレンタインで賑わっている。すごい人だよ! 今年は尚紀に友チョコを贈ろうかな。甘いものは好き?」
尚紀の体調が良くても悪くても、廉からは変わらず連絡が来ている。尚紀が返信しやすいようにか、数回に一度、クエスチョンマークの問いかけが入っていたりする。
そして時々、電話していい? と問いかけがきて、通話したりする。尚紀が少し人恋しいと思うくらいの絶妙なタイミングで廉からそんな連絡が入るのだ。結局、話は盛り上がって楽しくて、一時間くらいあっという間にすぎてしまう。
彼は話し上手であり、聞き上手でもあって、引き出しが多い彼の話には引き込まれるし、尚紀がうまく話せない時は上手に話を引き出してくれた。
そんなふうに話をする中で、廉のことも少しずつ知ることができた。
再会した時にもらった名刺は、勤め先のものだった。森生メディカルと書いてあって、医療関係の会社なのかなと思っていたが、聞いてみると製薬会社だという。秘書室長という肩書きも、現在は社長秘書をしているとのこと。
「すごい!」
尚紀は素直に反応する。自分は高校は中退した、最終学歴は中卒だし、企業に勤めた経験などもちろんない。尚紀からすると廉はとてつもなくすごい仕事をしていて、なおかつエリートのように思えた。
廉は苦笑しながら、親族が経営している会社だから、自分は下駄を履かせてもらっているだけだと話していた。
聞けば、今は廉の上司が就任したばかりでいろいろと方々に挨拶をしたり気を遣ったりと大変らしい。
結構大きな会社のようなのに、名前をあまり聞かないと思っていたら、病院で処方される医療用医薬品というものを取り扱っている会社らしく、あまり一般の人には知られていないとのこと。上司が変わって話題になってるから注意をして探してみると雑誌に名前が載っていたりすると聞いて、今度図書館に行ってみようと思った。考えてみれば、ここ数年図書館にも行けていない。
廉に問われて、尚紀も近況を話す。仕事以外は家で休んでいることも多い日々なので、先日オーディションで仕事を獲得した話を披露する。メンズモデルが二十人くらい集められて、話したり、ウォーキングテストやポージング、カメラテストを受けるという話だ。「一発勝負はかなり緊張しそうだなあ」と、廉は笑みを浮かべた様子。
「確かに。でも、やっぱりどんなことにも動じない日々の積み重ねが求められているんだと思います」
尚紀はそう答えた。
廉とそのような他愛無い話で盛り上がることができても、先日病院に行った話はできなかったし、そこでがっかりしたという話も勿論できなかった。
ひとたび尚紀が発情期に見舞われると、当然廉に対して返信する頻度が落ちる。
廉はその数日間の無沙汰を、ちょっと忙しかったのかなと聞いてくるので、尚紀もそれに乗る。
「少し詰めた撮影があったんです」
廉はそうかと頷く。
詮索されないその距離感は心地良いのだけど、わずかに見え隠れする自分の本音に向き合うと、少し寂しい気持ちもあるのも事実。我儘だ、こんなのは。こんな心地よい距離感を図ってくれる廉に対し感謝こそすれ、寂しいと感じるなんて。そんなさもしい感情を彼には到底知られたくはなかった。
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