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10章(16)

 これはまずい……。  二月の初めの土曜日の朝。尚紀はベッドのなかで目覚めてすぐに悟った。  今日は午後に撮影が入っている。  なのに身体が重くて、思うように動けそうにない。風邪や季節性のインフルエンザなどではなさそう。熱はないようだし、そもそもそのような体調不良ではないことは分かっていた。  体力が尽きた感じだ。腕を伸ばすのも億劫で、これを午後の撮影開始時刻までに何とかするというのは、少し難しい気がする。  とはいえ、キャンセルだって難しいのだけど……。  何が原因なのだろうかと思ったりもしたが明白だ。度重なる発情期に見舞われ、食欲がなくなり体力が落ちた結果だ。  体力勝負の側面がある仕事だから、撮影前は十分にコンディションを整えるが、それが終わるととたんに緊張感が途切れ、スイッチがオフになったように身体が動かなくなる。それを休息で整え、騙し騙し仕事をしてきた日々だったのだが、とうとうという感じで来るべき時が来たのだ。  先日、病院を受診したところでもかなり体力的に限界だったが、しんさつしてくれた医師にはこの体調の悪さについては話すことができず、抑制剤を貰ってきただけだった。  とりあえず、現状をマネージャーには伝えないと……思い、ベッドから手を伸ばしてスマホを掴む。  アプリで庄司に今の体調についてメッセージを送ると、すぐに電話が鳴った。  彼女は反応がとても早い。メッセージでも電話でも、すぐに返してくれる。 「尚紀、あなた大丈夫なの?」 「すみません。体力が尽きた感じで動けなくて……」  朝から力尽きた、と話すのも奇妙なものだと思いつつ報告する。 「今日の撮影は十四時だけど、率直に言って難しい?」 「はい。現状では……」  少し考えているような様子。今回の仕事先は決して無理を言えはしない間柄ではないのだが、貸しを作ることになる。わずかに沈黙があった。 「とりあえず状況は分かったわ。馴染みの編集部だし、今日は私の方から連絡を入れてみるわ」 「申し訳ありません……」 「新人の子ならば体調管理も仕事のうち、ってお説教だけど、尚紀の場合はねぇ……」 「すみません」 「ゆっくり休んで。動けないことにはどうにもならないものね。ただ、一人は心配だから、あとで様子を見に行くわ」 「いや、大丈夫です」 「よくない。病院に連れて行くから」 「でも……」  尚紀は、もちろん庄司にも先日の顛末を話していた。病院の専門科を受診したにも関わらず、あまり満足な対応をして貰えなかったと愚痴混じりで報告していた。それを受けて彼女も病院でさえ難しいのかしら、と首を傾げていたのだが。  やっぱり病院に行けと言うのだろうか。  とはいえ、自分の体調管理が万全ではなかったために仕事が良くて延期、最悪キャンセルになることを考えたら、何も言えない。  番を亡くしてなお項に跡が残っているオメガにとって、尚紀の症状は仕方がない部分はあるのだろうが、庄司も一度病院でそのように言われないと納得しないのだろう。  ……憂鬱だ。  気持ちが一気にずどんと落ちた。  これからどうしたら良いのだろう。仕方がないのだけど、この体調とも折り合いをつけていく必要がある。とはいえ、不定期に発情期が来て、そのたびに体力を奪われていたら……。  これはいずれ仕事ができなくなるのではないか、と尚紀が危機感を覚えるに十分だった。そして、おそらく庄司も同じことを考えている。  そういえば、柊一も体力を奪われ、発情期を越えるごとに仕事の日より療養の日が増えていったように思う。  自分もあんなふうに身体がままならなくなるのかと思うと、戦慄しかなかった。

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