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10章(17)

「ナオキ」  庄司に連絡したあと、そのまままた眠り落ちてしまったらしい。  声をかけられて、身体をゆすられて尚紀が掛け布団から顔を出すと、見慣れたマネージャーの顔。少し驚いて、何時かと問うと、もう午後とのこと。 「撮影の方は大丈夫よ。リスケすることになったわ」  とうとう仕事に影響を与えてしまった。  それは尚紀にとって想像以上のダメージだった。 「……すみません」 「調整してこちらに来たのだけど、またずいぶん深く眠っていたみたい。大丈夫?」  庄司は、尚紀に触るよ、と声をかけて額に手を当てた。外からやってきた彼女の手はひんやりとして気持ちがいい。 「熱はさほどなさそうね」  尚紀は頷く。それは安心した。 「……たぶん、身体がついていけてないんだと思うわ」  庄司は言った。尚紀も頷く。 「……柊一さんもそんな感じだったわよね」 「ええ。シュウさんも次第に仕事ができなくなって……」  そっか、と庄司は頷いて、立ち上がる。そして室内のクローゼットを開けると、尚紀が愛用しているコートを取り出した。 「もうパジャマのままでいいから、病院に行こう」  そう言われても、尚紀は動かなかった。いきなりで驚いたのと、気が進むはずがないことなのでとっさに動けなかった。  先日、病院で役に立たなそうな抑制剤を処方されたと庄司にも話したのに……。 「でも、病院に行っても……」  そう渋る尚紀に、庄司は困ったような表情を浮かべる。 「結局、良くなっていないでしょ」  指摘はその通りで、黙り込むしかない。  とはいえ、病院に行くのは憂鬱で、もじもじする尚紀に、庄司は宣言する。 「大丈夫、悪いようにはしないから」  そして彼女は掛け布団を剥いで、尚紀の身体を起こそうとする。  なんだかんだといっても庄司にはとても世話になっていて、付き合いも長い。彼女は決めてしまっている。ならば自分は従うしかなかった。 「悪いようにはしないって……庄司さん、なんか企んでるんですか」  諦め気分でそう言うも、尚紀は庄司の介助で身体を起こす。そして、移動は寒いからと厚手の靴下を履かされ、コートを羽織り、マフラーを巻いて、さらに毛糸の帽子を被らされた。  完全防寒状態だ。 「ちょっとすごいですね」  尚紀がそう笑うと、庄司は優しく頷いた。 「寒いから、外」  庄司の介助で彼女の社用車の後部座席に乗せられて、自宅マンションを出る。やはり受診させる決意のようで、財布と保険証は彼女に抑えられてしまった。 「そんなにかからないから」  バックミラー越しにそう言われる。ここまできたら諦めるしかない。尚紀も頷いた。  それよりも、車に移動するだけで疲れてしまった。久しぶりに家を出たせいだろうか。  尚紀は、彼女の車の後部座席でそのまま眠りに落ちてしまった。   「ナオキ」  そう呼ばれて、肩を揺すられて、少し冷たい風が頬を触った。 「着いたわよ。起きて」  そう言われて、再び肩をゆさゆさ揺すられる。  尚紀は、うっすらと目を開ける。目の前には庄司と……。 「尚紀、大丈夫か?」  その馴染みの良い声に驚く。  尚紀はとっさに身を起こした。 「えっ! 廉さん……」  庄司の隣で後部座席の尚紀を覗き込んでいたのは、なぜか江上廉だった。

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