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10章(19)
エレベーターに三人で乗り込んで、しばらくして何階かに到着する。そのすぐ近くの玄関ドアの鍵を廉は開けた。
「さあ、どうぞ」
そう言われて、入った廉の部屋は、暖かくて優しい印象で、しっくりくる感じだった。この柔らかくて生活感があるのは安心できる。
少し違うが、初めて足を踏み入れた時の柊一の部屋を思い起こした。
廉は、尚紀を優しく玄関奥のリビングのソファに座らせてくれた。
「ここなら、少し落ち着いて話せる」
そうは言うが、まさかこのような形で廉の自宅に来てしまうとは、思いもよらなかった。廉の自宅は中目黒だと聞いていたが、知っていても行くことはないだろうと思っていた。
そうこうしているうちに庄司がコートを脱がせてくれて、廉がハンガーにかけてくれる。マフラーや帽子も。その中が心許ないパジャマ姿だったことを思い出した。すると、廉がソファに横たわらせてくれて、そのまま毛布をかけてくれた。
「移動しただけだけど、疲れただろ」
廉は、どこまでも尚紀の体調を気遣ってくれる。
「……ありがとうございます」
礼はいうが、戸惑いばかりで言葉が硬くなるのはしかたがない。
「怒ってるね?」
廉がそう言う。
「いえ……」
ここまでしてもらって、怒っているとはさすがに言えない。
「でも……わからないことばかりです」
そう正直に述べた。
「そりゃそうだよね」
廉は頷いた。何から話そうかなと廉は尚紀が横たわるソファーの近くに腰を下ろした。
「……僕は、なんで廉さんのおうちにいるんですか」
率直に尚紀は聞くことにした。
「尚紀が体調を崩しているというのは、庄司さんから実は聞いていた。原因も。俺には言いにくいことだろうし、少し休養して復活するのであれば、逆に騒ぎ立てるのは良くないと思っていたんだ。
でも、今日の話を聞いてさ、もう見守るにも無理があるなって。一人にさせるわけにはいかないと、庄司さんに連れてきてもらった」
その説明でおおよそ尚紀にも事情はつかめた。彼は尚紀の気持ちを尊重して、見守ってくれていたが、我慢も限界ということだ。
頼れないと思っていたのに、こうして強引な方法をとってでも心配してくれる廉に、尚紀は何も言えない。この人には多大な迷惑をかけてしまっている。迷惑をかけないようにと思ったのが裏目にでた。
「強引すぎて呆れたかな」
「いえ……」
「尚紀の意向を俺は完全に無視した。騙すようなことをして悪かった」
廉の言葉は誠意に溢れている。
「庄司さんも俺も尚紀のことが心配なのだということはわかってほしい」
いえ、と尚紀はもう一度首を横に振る。
きっとこの分では、隠してきた体調だって庄司から廉にダイレクトに情報として流れているのだろう。
ああもう、空回りだ。
悔しいとは思わない。でも、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
もう少し自分が上手く立ち回れればよかったのに。
「理由はわかりました。ご心配をおかけしてすみません……」
「心配なんてこっちが勝手にしていることだ。気にしなくていい。むしろ強引に事を進めたことは謝るよ」
優しい廉がそこまで強引な手段にでたというのは、本当に見守るには限界だったのだろうと尚紀も思った。側から見ると、それほどまでに危うかったということか。
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