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10章(21)

「それで、病院のことなんだけど……」  廉が突然、話を引き戻した形で尚紀は驚く。病院に行くというのは、てっきり庄司が吐いたここに連れてくるための方便だと思っていたのだ。  とはいえ、いつまでも廉の家で世話になるわけにいかないのだから、早く体調を戻さないととは思う。だけど、病院は……。  先日受診した病院の、労力に見合わない対応にがっかりしてしまい、尚紀は正直懲りてしまっていた。 「あの……廉さん。僕は病院はちょっと……」  控えめにそう主張する。廉もそれには頷いて、この間の話もちゃんと聞いていると言ってくれた。だったら……。 「勇気を出して行ったのに、待たされてあまり診てもらえなかったと聞いたよ。もう嫌になっちゃうよね」  廉の寄り添うような言葉に、尚紀は毛布を少し顔に引き上げて思わず頷く。そうなのだ、「嫌になっちゃった」と言うのが正直なところだ。アルファ・オメガ科なんて何をされるのだろうと、ただでさえ緊張して行ったのに……。  でも、廉は優しく尚紀を諭す。 「ただ、尚紀の今の体調だと、やっぱり診てもらったほうがいいと思うんだ」  えぇぇ。  廉がすこし困ったような表情を浮かべた。よほど微妙な表情をしてしまったらしいというのを、彼の反応を見て尚紀は気づいた。 「気が乗らないのは分かるよ。だけど、今度はちゃんとした病院だし、信頼できるドクターだから。安心してほしい。  患者を診ないで薬だけ出すようなことは絶対にしないから。そこだけは信頼して」  ね? と廉は尚紀の顔を覗き込む。  尚紀は少し考える。  この腰の重さを思うと、自分は結構懲りてしまったみたいだ。だけど、廉を困らせるのは本意ではない。  一回くらいなら……という気持ちも出てきた。とにかく体調を戻さないことには、どうにもならないし、廉がそこまで信頼できるというのであれば……。 「信用していいんですね……?」  そんな念押しに、廉はまっすぐ尚紀を見て即答で頷く。 「それはもちろん。番を亡くして体調を崩したオメガの人たちの治療に熱心なドクターなんだ。ちゃんとした専門家だから尚紀に不快な想いは絶対にさせないし、安心して受けてほしい」  その言葉で本当に信頼している人なのだろうと思えて、尚紀も頷いた。 「わかりました。廉さんが、そう仰るなら……」  そう答えると、廉と庄司は始めて安堵したような柔らかい表情を浮かべた。 「尚紀、勇気を出してくれてありがとう」  そんな風にまっすぐ言われると照れてしまう。 「本当はね、明日にでも診せたかったんだけど、休みだとできない検査もあるみたいで。月曜日に行くと話を通してあるんだ。俺も休みを取ったから付き添うよ」  そんなことを言われて、尚紀は驚く。 「え。そんな、悪いです」  それは早速廉に迷惑をかけることになるではないか。そんなことはいけない。 「大丈夫ですよ。僕、一人で行けます」  すると結託したかのように目の前の二人が一緒に首を横に振った。 「今日起きられなかった人が一人は無理よ」 「でも……」  尚紀は素直に頷くことができない。 「仕事は片付けてきたから問題ないし、それに責任を持って連れてこいと言われている」  そこまで言われては尚紀も拒絶できない。 「……廉さんに、そうまで言われると……」  なんかすでに尚紀を除いた関係者で話が固まっている雰囲気だ。  尚紀は、もしかして自分は月曜日になるべく廉に迷惑をかけないよう、今はしっかり休んで体力をできるだけ回復するしかないのではないかと思った。選択肢が無さすぎる。 「いろいろ考えちゃうと思うけど、まずはゆっくり休んで。大丈夫、俺が近くにいるから」  廉がそう言って、尚紀の頭を優しく撫でた。

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