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10章(24)
「ごはんは食べられる?」
廉が優しく聞いてきた。
聞けばお粥を作ったのだという。
「あまり食べてないだろうから、消化にいいもの……と考えた俺の発想の限界だな」
驚いている尚紀に、廉は苦笑する。明日はもう少し力がつきそうなものを作るよと言った。
「いえ……。そんな、ありがとうございます」
尚紀は俯く。
「嬉しいです。ぜひいただきます」
正直、空腹ではないし食欲もあまりないが、廉の気遣いを無碍にはできない。
そう答えると、廉が嬉しそうな表情を見せた。
廉が部屋の明かりをつけて、キッチンからトレイに乗せられた器を運んできた。赤いボウルに入れられた白と黄色の玉子粥。色合いが暖かい上に、湯気が立っていて作りたての様子。尚紀は廉の気遣いを改めて想う。
枕を支えにベッドのベッドレストに身を預けるように起こす。廉もベッドに座り込んで、尚紀の脚の上にトレイを置いてくれた。
「気をつけてね」
「……ありがとうございます」
つい、一ヶ月ほど前まで会うことも躊躇っていた人が目の前にいるのが、尚紀には感慨深い。なぜこんなことに……と思うが、なぜかくるべくしてきたという感じもする。きっとどう拒んでも、距離を取ったとしても、廉とはこの距離感になってしまっていたように思うのだ。
不思議なものだと思うが、どうしたって彼を拒絶できるはずはない。自分だって、身体は夏木にとらわれていても、気持ちや本能の部分では廉を求めているのだから。
トレイには卵粥と木製のスプーン、そして白いマグカップに入った飲み物が置かれていた。
「いただきます」
尚紀は手を合わせる。
廉も尚紀のそばでどうぞ、と応えた。
「無理して全部食べる必要はないからね」
スプーンですくって一口。
程よい塩気に、お米の甘い味がする。久しぶりに食べるお粥は美味しいというのを尚紀は経験で知っている。
思い出をそのままなぞるような味に、思わず漏れる「美味しい」の一言。
廉が、よかったと安堵の声を漏らした。
久しぶりの食事かもしれないと思う。最後の食事がいつだったのか、正直覚えていない。昨日は食べてないし、一昨日だったかも。何を食べたのかも曖昧だ。
尚紀は、誰かのために食事は作っても、自分のために作ることはあまりしない。だから、柊一が亡くなって、尚紀が料理をする機会はとんと減ってしまった。そもそも一人でいると食べることにさほど執着がないので、割と適当だ。もちろん撮影前の調整時期は仕事の一環として、栄養素に着目した規則正しい食事を心がけているが。
「水分も摂ってね」
そう言われて、添えられていたマグカップに口をつける。
「……これ……」
驚いたことに、中身は程よく温められたスポーツドリンクだった。身体を冷やさないように、そして水分を全く摂っていなかった身体を思い遣っての選択だろう。細かい心遣いに、尚紀の胸に込み上げるものがある。
「ありがとうございます」
そう廉にお礼を言って、再びマグカップに口をつける。身体が水分を欲していたようで、ぐいぐいと飲んでしまった。
ほっとした様子の廉がおかわりを持ってこようと言って、部屋から姿を消して、すぐにピッチャーをもって戻ってきた。やはり少し温めているようで、カップに注ぐと優しく湯気が立つ。
「これが一番のお気に入りかな」
「なんかぽかぽかしてきました」
尚紀がそう言うと、スポーツドリンクを温めると身体の吸収率も良くなるらしくて、すぐに温まるらしいよ、と廉が笑みを浮かべた。
まともな食事をしていなかったせいか、量はあまり食べられなかったのだが、思いやりに溢れた食事で幸せな気分に包まれた。
こちそうさまでした、ありがとうございますと尚紀が言うと、寝る前に着替えもしてしまおうと提案した。
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