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10章(26)

 それじゃあね、おやすみ。  そう言って部屋の扉は閉じられた。  薄暗くなった部屋に一人、ベッドで横になってなお、ドキドキしている。  あの廉の表情に掴まれてしまった。    一瞬自分の立場を忘れそうになる。廉はどう考えているのか分からないが、信じてしまいたくなる。 「俺は本気で尚紀を番にしたいんだよ」  その声が、耳に残っている。  あの一言を支えに、しばらく自分は生きられる。本当に叶わないことではあるけど、今だけはそれを信じたい。  尚紀は、深呼吸を数回繰り返して、ゆっくり眠りについた。  翌々日の月曜日の昼過ぎ。  一人でも動けるようになった尚紀は、廉の付き添いで病院に向かうことになった。  あまり気分的に触れたくはなくて、どこの病院に行くのか詳しく聞いていないのだが、それはどこであっても問題はないと思う程に、尚紀の中で廉への信頼感があるためだった。素直に廉の隣の後部座席に乗って、車窓を眺める。   「不安?」  廉が運転手に道順を指示しながら、無言の尚紀に問いかける。 「……いえ、大丈夫です」  多分、平常心で答えられたと思う。  車は中目黒駅前を通過して、首都高の真下を走る国道に出た。そのまま国道に乗ってゆるやかに南下している様子だ。  しばらく走ったら、今度は有料道路に乗り、多摩川を渡って神奈川県へ。  景色はみるみるうちに、尚紀にとって馴染み深いものになっていった。  タクシーはそれからしばらく有料道路を飛ばし、降りた先は横浜みなとみらいだった。  馴染みの深い、地元ともいえる街。  だけど、悲しい思い出も蘇る街。  昨年のクリスマスイブの柊一の散骨セレモニー以来、機会もなく足が向かなかった。久しぶりだ。  タクシーは大きな商業施設のほど近く。大きな病院のエントランスにある車寄せで停車した。  ドアが開けられたので、車を降りる。尚紀は目の前の大きな建物を見上げた。何階建てなのだろう。  誠心医科大学横浜病院とあった。  大学病院なのか。  タクシーの支払いを済ませた廉が尚紀の背中を押す。 「さあ、行こう」  廉によると、月曜日の午後の診察は新規患者の予約専用外来になるとのこと。 「だからじっくり話を聞いてもらえると思うし、不安に思ってることも話してくるといいよ」  そう言ってくれた。  初対面のドクターにどこまで本音を話せるのか少し不安もあるが、廉が信頼している人であるからと思い、尚紀も素直に頷いた。  受付を済ませて問診票も記入すると、さほど待たずに名前が呼ばれた。 「西さん、西尚紀さん。二番診察室にどうぞ」  アナウンスで名前を呼んだのは男性の声。この人がドクターなのかなと尚紀はゆっくり立ち上がる。 「緊張しなくても大丈夫。ここで待ってるから行っておいで」  廉が優しく促してくれて、尚紀も頷いた。  尚紀はゆっくり動いて、診察室のドアの前へ。思わずベンチに座る廉を振り返る。  彼は、優しい笑みを浮かべ、頷いて見送ってくれた。  扉をノックすると、中からの返事が聞こえて尚紀は引き戸をスライドさせる。 「失礼します」  そう言って、診察室に入ると、目の前の椅子に座っているのは先ほどの声の主だろう。白衣姿だ。 「よろしくお願いします」  尚紀がそう挨拶する。 「西さん、こんにちは」  そう言って迎えてくれたドクターは、尚紀より少し年上か。  白衣の中はネクタイ姿で、逞しそうで美丈夫な印象。言ってしまえばかっこいい。  あれ。  ふと尚紀の中で何かが引っ掛かった。  どこかで会ったことないか。  ふと白衣の胸元につけられたIDカードが目に入る。そして唐突に甦る記憶。考えてみれば、いつもあの人の隣にいた人だった。  尚紀は確かめずにはいられなかった。 「あの……もしかして、颯真会長……ですか」  尚紀の呟きに、そのドクターは驚きもせず、笑みを浮かべた。 「覚えてててくれた? 嬉しいな。お久しぶりです、西さん」  尚紀を迎えてくれたドクターは、中学時代の生徒会長で、廉の親友の森生颯真だった。

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