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11章(3)

「西さんは、これまであまりアルファ・オメガ科で診察を受けたことはなかったんだよね」  そのように颯真に問われて尚紀は頷く。  アルファ・オメガ科へは先日自宅マンション近くの病院に行ったのが初めてで、もともとあまり病院にかかる機会はなかった。だから、病院の対応や診察、医師の反応が、通常対応であったのかもしれないが、尚紀にとってはショックだった。 「これまで縁がなかったのはなによりだね。  病院なんてかからないことにこしたことはないのは勿論だし、それだけフェロモンが安定していたということだね」  そのように言われて、尚紀は改めてそうなのかもしれないと思った。 「はい。発情期はきちんときていましたし……、苦労したことはないです」  これまでフェロモンのことで病院や医師に相談したいとか、大変とかしんどいとか、思ったことはなかった。健康だった。  早々に夏木に番にされてしまったものの、発情期になれば、番は身体が求める通りに発情期を一緒に過ごしてくれたし、そのサイクルだって彼を失うまで崩れることはなかったのだから。  颯真が尚紀が書いた問診表に目を移す。 「……うん。番ができたのが十七歳の時で、定期的にきちんと発情期がきていて、妊娠・出産経験もないものね。これまで、アルファ・オメガ科にかかる機会はなかなかないだろうね。  西さんが緊張してるのは、ここがどんな場所か経験がないからだと思うんだよね」  医者が苦手だという尚紀の弱気の発言を、颯真は優しく受け止めて、そう分析してくれた。 「アルファやオメガの人たちって、ベータの人たちと違って、フェロモンに大きく左右される。だから、ベータとは違う身体の症状や悩みもある。ここは、そういう不調や悩みを解消する診療科なんだ」  尚紀は頷いた。専門の外来があるってことは、それなりに悩む人が多いということなのだろう。柊一だってそうだし、信もフェロモンを安定させたいときはアルファ・オメガ科に行ったと話してくれた。 「……そうだなぁ、例えば番がいない患者さんだと、フェロモンが安定しなかったり、発情期が来なかった。アルファの患者さんだと、ヒート抑制剤が欲しくてくる方もいるし、番と一緒にくる人もいるよ。オメガの患者さんは、発情期をコントロールしたくてやってくる方も多いよ。もちろん、番ってからは、妊娠・出産もそうだし、不妊治療や、そういうデリケートな部分の疾患とかそういうのも扱ってるから……」  アルファとオメガの「第二の性」に関する悩みや疾患を診る診療科であるという理解はできた。 「幅広い悩みや病気にも対応するんですね……」 「そうだね。アルファもオメガもフェロモンに左右されるから、影響も大きいんだよね。患者さんの中では、初めての発情期でここで受診されて、番を作って妊娠・出産まで、番でお付き合いのある方もいる。あとは、ずっとフェロモンのコントロールをしていたりね」  尚紀は驚く。 「患者さんとのお付き合いも長いんですね」 「そう。だから、初診ではなるべくきちんとお話を伺って、信頼関係を築きたいと思っているんだ」  どうしたいのか希望も知りたいし、そのためには信頼してもらうことが大事。その方がより正確な診断や、ご意向に沿った治療も提案できるしね、と颯真は言う。 「あと、私のところには番を亡くされて体調を崩された患者さんが多く来るんだ」  颯真の言葉に尚紀は目を丸くする。自分と同じ立場の人なのか。 「項の跡が消えない方ですか?」 「そう。まあ、本来なら番が亡くなって契約が切れると消えると言われているんだけど、残っちゃう人は残っちゃうんだ。  人によって症状は違うし、全く症状がない人もいれば、とても重い人もいる。こればかりはなかなか傾向が掴めない。でも、一人一人にきちんと向き合って、症状にうまくコントロールできれば、困っている症状だって軽くしていくことができる」 「そうなんですか?」  尚紀は驚いた。だって、以前診察を受けた医師は、仕方がないと匙を投げたのに。  颯真は頷く。 「廉から聞いてないかな。俺はそっち方面を専門的にやっていて。経験やデータはね、わりとあるんだ」  尚紀さん、と颯真が語りかける。  気がつけば、尚紀は颯真にまっすぐ見据えられて。なんて真摯な視線を向ける人なんだろうと尚紀は思った。 「自分の患者さんが困ってることを『仕方がない』なんて言葉で片付けることはしないから、大丈夫」  安心してほしい、と颯真がいう。その様子は本当に頼りがいがありそうで、尚紀の信頼感は否応にも引き上げられた。  先日の尚紀の経験を廉を通じて聞いていたのだろうと尚紀は思った。 「発情期が重かったり不定期だというのは、まず辛いし、不安になると思う。俺は、尚紀さんが困ってることにきちんと向き合うよ」  颯真が言った。

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