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11章(4)

 尚紀は唐突に理解した。  廉は、本当に自分に最適なドクターを紹介してくれたのだと察した。  この横浜の病院に連れてこられて、診察室には入ったら颯真がいて尚紀は驚いた。まさかここで廉の親友が出てくるとは思ってもみなかったし、そもそも中学時代の生徒会長が今はアルファ・オメガ科の医師になっているなんて知る由もなかったのだから、仕方がない。  完全に予想外の展開だったのだが、先程まで廉自身が安心したいから、よく知る身近な親友に自分を託したのかなと思った。廉から無理矢理受診を説得されたこともあって、颯真の登場は身内贔屓に近い印象があったのも確かだ。  だけど違った。余計な勘繰りだった。颯真がこの分野の専門家であると聞いて、廉は尚紀の身体を第一に考えて、最善の選択としてピンポイントで颯真を紹介してくれたのだ。尚紀は廉の深い配慮を感じた。  あと、自分への気遣いと愛情も……。 「あの……颯真先生」  尚紀の呼びかけに、颯真が「なに?」と軽く反応する。 「あの、僕……良くなりますか?」  本当は聞きたかったけど、怖くて聞けなかったストレートな質問。否定されたらどんなにショックを受けるか、分からなかったから。  颯真は少し考える様子を見せたが、尚紀をしっかり見据えて頷いた。 「本来、きちんと検査と診察を行なって、結果をみてからじゃないと言わないことだけど……大丈夫だから。今聞いた限りでは薬の組み合わせや量を調節することで良くなるよ」 「本当に?」  思わず念押ししてしまう。だけど、颯真は辛抱強く尚紀に付き合ってくれる。 「大丈夫」  その力強い頷きに安堵して、尚紀の口から思わず本音が漏れる。 「僕……、先月から、予想もしないタイミングで発情期が来て……、しんどかったんです」  颯真が頷いた。 「項に跡が残ってしまった場合、人によっては発情期だけで精神的に参ってしまうと思うよ。番を失うっていうのは、発情期に求める相手がいないっていうことだからな……」  その辛さは想像がつかないよ、と颯真は言った。その上辺だけではない、寄り添ってくれる言葉に、尚紀の心は癒される。 「病院にも行ったんですが、番を亡くすと仕方がないからって言われて……」  薬を処方されましたが、効き目は期待できないと言われて……結局怖くて飲めませんでした、と尚紀は言った。  これまでのことを振り返ると、虚しくなってきて視界が潤んできた。 「一人で耐えるしかなかったんだろうけど、よく頑張ったよ」  尚紀はそんなふうに颯真に受け止めてもらえて、少しずつ気持ちを吐露できるようになってきた。  そして、気持ちを言葉にすると楽になって、呼吸が深くできるようになった気がした。  颯真が、少し目が潤む尚紀の顔を覗き込む。しまったみっともない、泣くなんて。 「我慢する必要はない。これからは、身体が辛かったらきちんと診るし、ちゃんと楽にしてあげるから……だから言ってな?」  そう言われて、尚紀の片目からほろりと落ちたのは丸い涙。頬を伝って、落ちた。  辛いというのを理解して寄り添ってくれる人がいたという事実に、尚紀は込み上げるものがあって、颯真の腕を白衣の上から思わず掴んだ。  さっき廉が、医師にはじっくり話を聞いてもらえると思うし、不安をに思っていることも話したらいいと言っていた。  本当にそうなんだ、と尚紀は思った。 「尚紀さん」 「颯真せんせい……よろしくおねがいします」  尚紀は頭を下げた。

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