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11章(5)

「だいじょうぶ? とりあえず、涙拭いて」  そう颯真に慰められて、ティッシュの箱を差し出してくれた。それを尚紀はすみませんと謝りつまみ取る。  何枚もティッシュを摘んで、溢れる涙を拭って鼻をかんだ。目が真っ赤になってしまったのではないかと思ったが、それも仕方がない。 「すみません……」  感情が溢れて、情けない姿を見せてしまったことに尚紀は謝り、なんか安心したと吐息を漏らした。 「ずっと一人だと思っていたので……」  颯真は優しい笑みを浮かべた。 「尚紀さんは一人じゃないだろ。ここに連れてきてくれた人を忘れないで」  颯真は廉のことを言っているのだと、尚紀もわかった。もちろん尚紀だって忘れてはいない。  だけど……。  あの人の優しさを自分の中にすっかり入れてしまうことに躊躇いがある。どうしたって番にはなれないのだから。番になれないアルファとオメガの絆って、どのくらいの強さがあるのだろうかとふと思ったりする。 「もちろん……廉さんにも、すごく感謝していて……」  そう口にして、それ以上は言えなかった。  話の方向性を少し変えたい……と思い、先生と呼びかける。 「僕、先日とうとう仕事に穴をあけてしまって……」  もしかしたら颯真は無理矢理話題を変えたことに気がついたのかもしれないが、尚紀の言葉に頷いた。 「発情期になれば仕事は休まないとならないね。だけど、撮影やショーの予定なんて、なかなかずらせないだろうし、発情期予測がつかないとモデルという仕事自体が難しいね」 「……はい」  使いにくいモデルと思われただろう。それはすなわち、仕事が減るということだ。  自分の目標は、常に必要とされるモデルになること。  その軸足は夏木を失った後でも変わっていない。    ずっとそうしてきたのに、手のひらから何かが溢れ落ちるように体調コントロールがきかなくなった。  体調管理をしやすかったのも、きちんと発情期がきていたのも、安定した体質ゆえのラッキーだったのだと、ここにきて尚紀は知った。    颯真が質問する。 「最後の発情期はいつだったのか、教えてくれる?」  尚紀は診察室に掲げられた三ヶ月のカレンダーをなにげなく見る。 「一月下旬だったように思います」 「その前は?」  そう聞かれて、次はきっちり答える。 「一月三日から四日間でした」 「少し早いね。いつもそんな間隔で発情期が来る?」  そう問われて尚紀は首を横に振った。 「十二月に発情期が再開してから、こんな感じなんです。それまでは一年半くらいなくて……」 「一年半の間は全くなくて、いきなり再開したんだね」 「はい。一昨年の七月に番が亡くなって、項の跡は消えなかったのですが、そこから十二月までは全くなかったんです」  久々に発情期が来たと思ったら、サイクル狂ってて……と尚紀は言った。 「もう発情期なんて来なくていいって思ってたんですけど……」  颯真が真剣な表情で聞いてくる。 「十二月に突然再開したのには、何か思い当たるようなきっかけがあったりする?」  尚紀の脳裏には、否応なく柊一の顔が浮かんだ。  そんな、きっかけなんて考えるまでもなくて……。  尚紀にとって激しくショックを受けた出来事で、それをそのまま颯真に話す勇気はなかった。言葉にすることに躊躇いを覚えた。  あの関係性を冷静にきちんと話せる自信はなかったし、ましてやどうして病院に連れてこなかったのだと責められたら、何も言えない。 「尚紀さん?」  颯真の問いかけに、尚紀は我に返り、すみませんと謝った。 「……同居人を亡くしたので、それだと思います。すごくお世話になった人で……」  尚紀は俯いた。 「同居人? ご病気かなにかで?」  颯真の問いかけに、尚紀は事故ですと端的に答えた。柊一の死因にも触れられる気分ではない。そんな尚紀の真意が伝わったのか、颯真はそれ以上聞いてくることはなかった。 「それは辛いことだったね。大きく気持ちに負担がかかったであろう出来事だから。尚紀さんが言うように、それがきっかけで発情期が再開したのだろうね」  颯真も頷いた。  しかし、やはり尚紀には夏木が置き土産のように自分に発情期を置いていったような気がして仕方がなかった。 「おや」  颯真が端末を見て声を上げた。 「検査の結果が来たね」  そう言って、そのまま結果をプリントアウトしてくれた。

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