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11章(6)

 テーブルに広げられた検査結果のシートを尚紀が覗き込む。とはいっても、数字が羅列されているばかりで、それがなにを意味しているのかはよく分からない。  颯真が言った。 「さすが、徹底した自己管理を求められるお仕事をされてるだけあるね。全く問題なく、綺麗な数字だ。だけど、フェロモン値が異様に高いね」  彼によると、やはりオメガのフェロモン値とその関連項目に異常が見られるらしい。  颯真がカレンダーを見ながら言う。 「前回の発情期が先月下旬だっていうから、それから半月くらいなわけだけど……、これを見るとそろそろ発情期が来そうな感じの値だ」  そろそろ発情期が来そうな感じ……。その言葉に尚紀は驚く。 「もうですか?」  颯真は頷いた。 「だね。フェロモン値は発情期が来てから、少しずつ上昇していくんだ。一般的にオメガの発情期は三ヶ月に一度と言われているけど、その期間をかけて徐々にね。それが尚紀さんの数値はそろそろ来てもおかしくないところまで来ている」  経過を見ていないから、どのように上昇してきたのか分からないけどね、と颯真は付け加えた。 「……もしかしたら、次の発情期が近いんでしょうか」  尚紀が恐る恐る問うと、颯真は頷いた。 「この値だけ見ればね」  ただ、これまでどのような経過を辿ってきたか分からないから、確定的なことは言えないと付け加えられた。 「どのくらい先なんですか」  尚紀の質問に颯真は即答する。 「この数字だけみれば、一週間前後かな」 「そんなにすぐに!」  思わぬ返事に尚紀は慌てる。颯真は落ち着いて、とそれを宥めた。 「これは、あくまできちんとフェロモン管理をしている人の場合だから。尚紀さんの場合、サイクルがそれにきっちり当てはまっているとは思えない。だからあくまでざっくりとした目安だ」 「次の発情期って、きちんと発情期が来ていないと予測しにくいんでしょうか。僕の場合は……」  次の発情期がいつになるのか、尚紀は正確に知りたかった。今は廉の自宅で世話になっているのだ。発情期なんて起こしたら……。 「仕事のこともあるものね。そりゃ正確に知りたいよね」  仕事のことだけではないのだけど、その通りなのだ。 「そうか。じゃあ触診したほうが早いな」  受けたことはないよね? と颯真に確認されて尚紀は頷いたが、颯真の話は衝撃的だった。  オメガの発情期で、身体に最も変化が起こるのはアナルだ。だからその場所を直接医師が確認することで、正確な発情期の予測ができるのだという。  アナルって……と尚紀は軽くショックを受ける。そんな方法があるんですか……と漏らした。自分でさえ見られない、そんなデリケートな場所を、番以外に晒したことはない。  だけど、その怯む気持ちをもちろん颯真も承知している様子で、「ちょっと勇気がいる診察だけど、受けてみる?」と聞かれた。  少し不快感や違和感を受ける診察かもしれないけど、リラックスして受ければ痛いことはないと思うし、と颯真が丁寧に説明してくれる。  具体的には、脚を広げた体勢で、その場所に指を挿入し、柔らかさや器官自体の変化を診るとのこと。その変化具合で発情期までの期間を予測することもできるのだという。  尚紀は少しもじもじした。まさかこんな決断を迫られるなんて思いもよらなかった。 「発情期に入ったかどうかっていう診断は、アナルを直接触診してつけることが多い。フェロモン療法を受けるなら、わりと頻繁に受ける診察だから。一度経験しておけば気持ちの準備はできると思うよ」  颯真がそう言ってくれる。そうか、これから頻繁に受けなければいけないのかと思うと、仕方がないようにも思う。  なにより、あとどのくらいで次の発情期が来るのか、尚紀はどうしても知りたいのだ。 「分かりました。よろしくお願いします」

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