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11章(8)

「今週後半……」  尚紀はそれ以上なにも言えなくなった。それでは、あと三、四日後の話ということになる。  頭が真っ白になって、困惑がそのまま口をついて出た。 「どうしよう……そんな」  思わずの言葉。だって、今は廉の家に身を寄せているのだ。  そんな尚紀の反応を、颯真がその静かな視線で見つめていた。尚紀は、それに気づいて何かを掴まれたような感覚に陥り、どきりと心臓が高鳴った。 「大丈夫? 今週後半に仕事の予定が入っていたりした?」  そのように颯真に問われて、尚紀は我に返った。自分の狼狽ぶりをすべて目の前にいた颯真に見られてしまっていたことに気がついた。 「あ、仕事……」  そう言われて気がつく。おそらく仕事は大丈夫であろうと思う。先日リスケとなった撮影はこれから日程を再度詰めるらしいし、体調が整うまで、としばらく仕事の予定を入れていないと聞いている。  尚紀は動揺を隠して、言葉を紡ぐ。 「それは、大丈夫なんですが……。ただ、思ったよりすぐで、ちょっと気持ちの整理がつかなくて……」  本音としては、どうしたらこの難局を乗り越えられるかと考えている。  どうしても、廉に自分の発情期を見られたくない。自分は夏木の番だから。番がいないオメガの発情期とは訳が違う。  でも、それを廉に説明することは難しい。  この体調は数日で万全になるだろうか。発情期が来る前に、彼の自宅を何事もなく出ることは可能だろうか、と考える。どうしても発情期が始まる前に自宅に帰らねばならない。  最悪、振り切ってでも帰りたい。不義理に呆れられるかもしれないし、嫌われるかもしれない。……だけど、それでも。 「尚紀さん」  目の前の颯真に呼びかけられて、尚紀は驚いた。 「あっ! すみません」  上の空だった尚紀を、颯真は責めるわけでもなく、静かに見つめていた。 「何か困ってる?」 「……」 「数日後と言われたら慌てちゃうよね。尚紀さんはどこで発情期を過ごそうと思ってるのかな?」  その質問は、まさに自分が今思い悩んでいることだ。 「僕、今は廉さんのお家でお世話になっていて……」  颯真は穏やかな様子で頷いた。 「廉からそう聞いているよ」 「それで、どうしようかと……」  素直に白状することにした。自分が困っている時にこの人は力になってくれると信じられるから。  すると、颯真は察してくれた。 「廉でも……、アルファには見られたくないかな?」  アルファに発情期を見せるのは、番がいないオメガであれば、ダイレクトに身の危険を感じる行為。しかし、オメガに番がいるのであれば、アルファもフェロモンで引き寄せられることはないとされるが……。 「……廉さんに見られるのは、ちょっと……」  それが尚紀の本音だった。だけど、なぜ廉に見られたくないのか、突っ込んで聞かれたくなくて、尚紀は俯いた。  颯真は、それ以上を問うことはせず、デスクのPCに視線を転じる。 「そうだね、わかった」  颯真はそう頷きながら、マウスを操作した。そして、何かを確認してこう言った。 「じゃあ、尚紀さんは次の発情期は入院してもらおうかな」

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