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11章(11)

 尚紀の質問に、颯真は少し考えるような仕草をみせた。 「そうだねえ……」    番を亡くしながらも項に残ってしまった噛み跡は消すことができない。  一般的にはそのように言われているし、尚紀も承知している。番を失い、項に跡が残るオメガは、寡婦としてひっそりと生きていくしかない。  そもそも、そのようなケースはあまり多くはなく、一般的にもあまり知られていない。  多くの人々は、番を失ったら、番契約は自動的に解消され、オメガの項に付けられた噛み跡はきれいに消えると思われている。  そんな常識はあるが、それでも敢えて聞いてしまうのは、尚紀の中に心残りがあるからなのだろう。未練がましいともいえるか。  おそらく「できない、無理」と突き返される質問をあえて颯真に投げかけている自分の愚かな行為だと、尚紀自身が客観的に見ていた。  颯真は少し考えて、目の前の尚紀を見つめた。  あの、真摯な瞳で。 「そうだね。今のところ、項に残ってしまった噛み跡を消すことは難しいかな」  明確にそう言われて、尚紀もそうだよな、と頷いた。項の跡を消せるなんて、そんな都合がいい話があるはずはない。  それでも、少し期待してしまった。尚紀自身が、廉と再会するという奇跡に遭遇してしまったから。 「でもね」  内心でがっかり項垂れる尚紀の真意を察しているわけではないだろうが、颯真がそのように付け加える。  噛み跡を消すことはできないのは事実。  でも、その先に続くのはどのような言葉か。 「諦めないでほしい」  尚紀が顔を上げて颯真を見ると、彼は変わらずに、いや先ほどよりも真剣な表情で尚紀を見つめていた。否応にもそれに引きつけられる。 「医学は日々進歩している。少しずつでもオメガの選択肢が増えて、生きやすさに繋がっていると思っているから」  今から三十年以上前の話になるけど……と颯真が話を続けた。 「こうやって抑制剤が出始める以前は、オメガは割と早くに番っていた。番契約のピークは十代だったんだよ。初めての発情期がくる頃には相手を見つけて、番契約を結んでいたんだ。家系的にオメガが多いお家なんかは特にそうだったらしい」  それは、今よりフェロモン療法が一般的ではなかった頃の話。 「やっぱり一人で発情期を越えるのは不安だろうし、抑制剤の選択肢も少なかった頃だ。今より偏見もあったから、働くにしても生活するにしてもオメガが一人で生きていくのは大変だっただろうしね。それが処世術だった。だから意に沿わない番契約なんて多かったと思うよ」  とっさに尚紀は自分の過去を思う。自分のような人たちがもっといた、ということか。 「今は発情期もコントロールできるようになってきて、オメガでも番わないという選択肢もできた。自分が望む番と出会うまで待つことも可能だ」  それは医学が進歩して薬ができたから。それとともにオメガの人生の選択肢の幅も広がったのだ。 「だから、番を失いその痕跡が残ってしまった人もこのまま放置されることはないと思う。新しい治療法が見出されて、新たな人生を選べることができるようになっていく。それも遠い未来じゃないと思うんだ」  颯真の言葉は希望に満ちている。信頼している人からそんなふうに言われると信じたくなる。本当にそうなったらいいのに……。 「そんなふうに颯真先生に言われると……信じたくなりますね」    尚紀がそう反応すると、颯真が笑みを浮かべた。 「尚紀さんは、新たな人生を歩み出したいと思っているんだね。だったら、信じて」    そうはっきり言われて、尚紀は自分の本音にようやく気がつく。  希望を自覚した。新たな人生を歩みたいと思っているのだ。 「医学は日進月歩だし、俺たち専門医もそこはどうにかできないか、模索しているところだから」  諦めないで待っていて、と颯真は言った。 「颯真先生……」  その思いやりに溢れた言葉に、鼻の奥がつんとした。かろうじて尚紀は耐える。 「とりあえず、尚紀さんは次の発情期を頑張って乗り越えような」

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