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11章(12)
颯真の診察は、尚紀の胸に鮮烈な印象を植え付けた。
夏木と死別し、番の影響を身体に残した柊一を一人で支え、そして今、世の中から取り残されているような感じさえ覚えていたが、そうではないと思えた。あの真摯な視線に貫かれ、衝撃を受けた。
「新たな人生を歩み出したいと思っているんだね」
「諦めないでほしい」
颯真の眼は尚紀が抱く僅かな希望を見逃さなかった。そして、それに気づかれて尚紀自身もいやではなかった。
颯真には容易に本音を見抜かれてしまったが、仕方がないような気がしている。おそらく見抜かれたかった本音もあったはずだから。
診察のあと、入院の説明や準備の話を聞いた尚紀が、颯真の診察室から出てきた廉と合流した時に、彼はおや、といった表情を浮かべた。
「尚紀が穏やかな顔になった」
尚紀の心情変化は、表情に明らかで廉がゆったりと優しい笑みを浮かべた。
「ちゃんと話を聞いてもらえたみたいだね」
ここに来る前は、廉の選択を信じていなかったわけではないけれど、どこか不安に思っていたのも事実で。そんな緊張は廉にも伝わっていたようだ。尚紀は頷いた。
「はい、颯真先生とお会いできてよかったです。廉さん、ありがとうございます」
会計を済ませて再び病院前からタクシーに乗って帰ることにする。自分で歩けるようになったとはいえ、こんなに長時間外にいたのは久しぶり。朝からずっと張っていた緊張が解けたこともあって、尚紀はフラフラとしていた。
廉がそんな尚紀を支えて、タクシーに乗り込む。運転手に経路を伝えてから、尚紀の身体を引き寄せた。
「疲れてるなら、寄りかかって大丈夫」
そういわれて尚紀は恐縮しながら、でも廉の隣にいることに安堵感もあって、素直に従う。
「ありがとうございます……。ちょっと疲れました」
そう言い訳のように呟くと、車の揺れもあって少しずつ睡魔がやってくる感じがした。
「……颯真から聞いた。今度の発情期は入院するそうだね」
そのように話をふられ、尚紀は廉の肩にもたれかかりつつ、頷いた。ぼんやりとしてきた。
「……はい、そうなんです……発情期が少し心配だと言われて……」
ぼんやりとしている尚紀からは見えないが、廉が頷いた様子を見せた。
「そうだね。颯真が近くにいた方が、俺も安心だな」
そう言われて安堵して、尚紀の瞼はゆっくりと落ち、意識は夢の中に飲まれていったのだった。
それから二日間は、穏やかな時間が流れた。
尚紀は家の中でならば動けるようになり、二日後の水曜日の夜は、早く帰ると連絡をくれた廉のために久しぶりに夕食を用意した。
とはいっても、冷蔵庫にあったものを使ったので、簡単なパスタとスープ。
そういえば、柊一に初めて作った料理もパスタだったなと懐かしいことを思い出した。
尚紀が作ったのは、春キャベツとベーコンのペペロンチーノだったが、廉は美味しい美味しいと食べてくれて、おかわりもしてくれた。食のこのみが合っていることに密かな喜びを感じた。
一人でシャワーを浴びることもできるようになったけど、廉はいまだにベッド以外で寝ることを許してくれず、彼の寝室を占拠している状態だった。
日付が変わる前の時刻に、おやすみなさいと寝室に戻ったのだった。
「ん……」
寝苦しさを感じて、目が覚める。少し暑い。身体が熱っている感じがする。
近くにおいたスマホを見ると、まだ夜明けには少し遠い時刻だった。
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