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11章(13)

 真夜中に目が覚めて、どこか体調がおかしい。  再び布団に身を預けて、目を閉じてみる。気のせいかな、と思いながらもどこか落ち着かない。  安心できる体勢を探してごそごそと寝返りを打ったりなどしながら、しばらく暗闇の中でぼんやりとした。  そう、室内はまだまだ暗い。気がつけば夢とうつつを行き来していたようで、スマホの時計はあれから二時間ほど経過していた。  おかしいかというと、やはりどこか違和感があるようで、落ち着かなくて頻繁に寝返りを打ってみる。  風邪でも引いたかなぁとぼんやり思ったところで、尚紀は初めて思い立った。  ……これ、発情期の初期症状かも。  もちろん発情期なんてこれまで何度も経験していて、三週間ほど前にも経験したのにその可能性に全く気がつかなった。そのうっかり具合も、もう頭がぼんやりし始めているためなのかもしれないと、少し焦りを感じた。  言われみれば今日は木曜日。颯真には週の後半にはやってくると言われている。予測ぴったりではないか。  発情期の症状が見られるようになったらどうするべきか、病院から事前に説明を受けていた。  まずは専用の連絡窓口に電話をしてから、来院してくださいとのこと。入院に必要なものはすでに荷造りしてある。  どうしよう。迷う。本当に発情期かなと、思ったりもする。その程度なのだ。  だけど、この違和感を逃したら次はまともな判断ができないかも。 「自分の感覚でいいから、変だと思ったら連絡をくださいね」  そう看護師に言われたことを思い出す。まともな判断ができる今、動いた方がいいのかも。  尚紀はスマホを掴んだ。  尚紀が電話を終え、出かけるために着替えを済ませて寝室を出ると、すでに廉が起きていた。  もうそんな時間だった。 「早いな。おはよ」 「……おはようございます」  今日は早めに出社するらしく、すでにワイシャツにネクタイ姿。コーヒーを淹れていた。 「尚紀も飲む? ミルクを入れたげるよ」  いつものようにそのように話しかけられて、尚紀は少し躊躇う。 「あの……」 「ん?」 「僕、発情期が来たみたいで……」  廉が少し驚いた表情を浮かべ、病院に連絡した? と聞いてきた。尚紀は頷く。 「入院の準備をして来てくださいって言われました」  廉はポットを置いて、尚紀の背中を押す。 「タクシーを呼ぶよ。俺が送る」  そう言われて、尚紀は慌てて止めに入る。 「大丈夫です! タクシーを呼んでもらえれば、一人で行けますから!」 「ここから車でも結構あるぞ」 「乗っていればすぐです。廉さんこそ、会社は逆方向です」  廉の会社は品川にあると聞いている。 「遅刻するから問題ない」 「問題あります!」  尚紀が廉の腕を掴んだ。 「大丈夫です。僕は一人で行けます。廉さんは普通にお仕事に行ってください」  尚紀がそうきっぱり言う。珍しいほどにキッパリとした様子に、廉は少し驚いた様子。  廉さんに何度も仕事を休ませるわけにはいかないから……と尚紀は言い訳した。尚紀はとにかく発情期であれば、あまり迷惑をかけずに出かけてしまいたかった。 「仕事より尚紀の方が俺は大事だよ」  尚紀はしっかり頷いた。わかっていると言いたかった。 「でも僕は一人で行けるし、頑張ってきちんとここに戻ってくるから見送ってほしいです」  尚紀は廉を見据える。  眼鏡の奥のやさしい目が困惑した様子。 「ちょっと俺は過保護かな……」  違うのだと言いたいが、口にはできない。 「……こんなに心配してもらえて、僕は幸せ者です」  そして尚紀は廉の胸に飛び込んだ。 「尚紀!」  驚いた様子の廉だが、尚紀は怯まない。  言葉にできない気持ちは近づけば伝わるのかわからないが、この優しい人を自分のことで落胆させたくなかった。 「僕が頑張って発情期を乗り越えて、退院する時に迎えに来てください」  尚紀は廉を見た。  そう、大切にされるのも過保護のされるのも嫌ではなくて嬉しくて……。  だけど、本音を言えない。  そんな尚紀の頭を、廉の手が何度か撫でた。 「わかったよ」

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