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11章(14)
廉がタクシーの配車手続きをしてくれた。
すぐに来てくれるという。発情期になりかけのオメガが病院に行くために使うと話したら、タクシー会社はオメガの女性ドライバーを寄越してくれるという配慮を見せてくれたそうだ。
尚紀は未だ夏木の番であり、彼の香りにしか反応しないし、夏木にしか尚紀の香りは届かないはずだが、それでも気遣ってくれる廉に尚紀は感謝する。
車が来るまで休んでいてと廉に勧められてソファーに横になって、しばらく目を閉じていると、体温が上がっているのかかもしれないが自分の香りが立ち込めているような感じがしてきた。
アルファとオメガのフェロモンは、たとえ番がいたとしても他の人に香りはわずかに届くらしい。それを性的な香りを認識しないだけで。
自分のこの香りを発情期と認識してくれる番ははもういない。
「尚紀、タクシーが来た」
尚紀はそう廉に声をかけられたあと、有無を言わさずに背負われてしまった。
「れ……れんさん!」
僕、歩けます! と尚紀が主張するも、廉は止める気がないようで、体力は温存しておけと言われた。
そして、彼はくすりと笑う。
「俺がこうしたいだけなんだ。送ってやれないからせめて」
「でも……僕、今匂うし……」
抑制剤を服用している廉でも香りは感じると思う。
「自分の香りを『匂う』なんて言うなよ。これが尚紀の香りかと感慨深い。爽やかでいい香りがするよ」
廉がタクシーの後部座席に尚紀を座らせる。
「ありがとうございます」
荷物を入れたバッグをその隣に置いて言った。
「退院の目処がたったら連絡して」
廉が最後に尚紀をハグして言った。
「わかりました」
「迎えに行く」
廉の真剣な眼差しに尚紀は無言で頷いた。
タクシーの扉が閉じられる。廉が窓を覗き込んでくれた。尚紀が手を振ると、廉も優しい表情を手を振ってくれる。
タクシーがゆっくりと発車した。
先日、廉とともに初めて誠心医科大学横浜病院に向かったルートで、今回も向かう。
車中、尚紀が考えるのは廉のことばかりだった。
廉にどうしても発情期を見せなくなかった。今も、そしてこれからも。自分が夏木の番である限り、あの男のフェロモンで発情する身体である限り、廉には見せることはできないと思っている。
廉は優しい。もしかしたらそんなことは気にするな、と言うかもしれない。
だけど。
互いに望んでいるのに廉と番になれないのは、十代の頃の尚紀自身の軽率な行動で夏木に囚われてしまったため。廉はそれを責めてもいいのに……責められても仕方がないと思っているのに、彼はいつも優しい。
本来であれば優しくしてもらう資格などないのだ。だから、せめてあの男に囚われている姿だけは晒したくない。
だけど、本音を言えば……、廉と離れて少し、寂しい。心細い。会いたい。
いや。駄目だ。今、この考えは良くない。
尚紀は無理矢理思考に蓋をした。
「しんどいですよね。横になっても大丈夫ですよ。ちゃんとお送りしますから」
ふと声をかけてくれたのは、運転席のオメガの女性ドライバー。バックミラー越しに優しい視線を見せてくれた。同年代くらいかも。
尚紀は少し気が楽になり、ありがとうございますと礼を言って、後部座席で横になり、目を閉じた。
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