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11章(17)
尚紀は、涙が溢れた理由を颯真に話せなかった。颯真は困惑している様子ながらも、しゃくりあげている尚紀の背中や頭を撫でてくれる。その手は暖かくて、ついつい頼りにしてしまう。
「発情症状が一気に出ると、不安になるよなぁ」
颯真はそんなふうに慰めてくれた。そう思ってくれてよかったと尚紀自身も思った。
医師は忙しいと聞く。颯真だって例外ではないだろうに、しばらく尚紀を抱き寄せて慰めてくれた。
少し落ち着いた様子がわかると、颯真はあとでまた様子を見に行くから、病室に行こうなと言って、車椅子に乗せられた尚紀を診察室から見送ってくれた。
看護師に伴われて、スタッフステーションの近くにある特別室に案内された。
アルファ・オメガ科の特別室は、通常の特別室とは用途が異なるという。
特別室というとすごく広かったり、豪華であったり、窓が大きく見晴らしがよかったりするものだろうけど、ここではオメガが快適に発情期を過ごすための設備が整っている部屋だ。
車椅子で入室すると、少し広めのベッドに、窓際にはふたりがけのソファがあり、窓は白いカーテンが閉じられていて、朝日が入ってきている様子。程よい広さの個室で、落ち着く雰囲気だった。
室内にはお風呂とシャワー、トイレもある。
尚紀の目を引いたのは、ベッドの上に鎮座する大きなビーズクッション。当然、普通の病室にはないものだろう。
尚紀の視線がそこに留まったのがわかったのだろう、看護師が教えてくれる。
「この部屋にだけ、これを置いてあるのよ。発情期になると何かに寄りかかりたいとか、抱きつきたいとか、そういう衝動もあるみたいで。自由に使って、自分が快適だと思う体勢で過ごしてくれていいから」
そう言ってくれた。
聞けば、特別室に限り、ソファーが設置されていて、室内であればどこですごしてもよいのだという。リラックスのため室内に好きな音楽を流すこともできるし、番の香り代わりになるアロマをたくこともできるらしい。
それらを含め、発情期を快適に過ごすために必要なものを、患者自身が持ち込むことは許されていた。
また、颯真からはこの部屋には室内を確認する
カメラが設置されていると聞いたが、それを聞いてみると、看護師は快くタブレットで見せてくれた。
「こんなふうに映るから」
と実際の確認画面を見せてくれる。頭上から見下ろす形で尚紀自身と看護師の今の姿が映し出されている。
思わず見上げてカメラを探す。すると病室の片隅の天井に設置されていて、センサーで反応するようだった。
看護師によると、この映像を確認するためには指紋認証が必要で、ドクターと特別室を担当するナースしか見られないようセキュリティも万全だから大丈夫だと言われた。
多分、発情期で意識が飛んでしまえばそんなことも気にならなくなるだろうなと尚紀は思った。
「それじゃあ、ゆっくりしてね。森生先生は午後にいらっしゃる予定だから」
そう言って、看護師が部屋を出ていく。部屋の鍵を閉めて、尚紀はゆっくりと室内を見渡した。これから数日間、ここで過ごすのか、としみじみ思った。
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