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11章(18)

 尚紀はパジャマに着替えると、しばらくベッドの上でぼんやりした。病室なのに無機質な雰囲気ではないせいか、すとんと落ち着いてしまった。  カメラの存在は、無理矢理忘れることにした。きっとかなりの痴態を晒すことになるとは思うが、見られるのが颯真と先ほどの看護師ならば、恥ずかしいけど耐えられると思う。  少し発情症状が落ち着いている今のうちにと、尚紀は身を起こし、病室内をあらためた。トイレとバスルームはそれぞれ狭いながらもきちんとしたつくり。音楽を流したりアロマをたく設備も整っている。至れり尽くせりだ。  入院の説明の時に聞いた話では、発情期を一人で乗り越えるために、アルファの移香がある衣服をそのまま持ち込む人もいるとのこと。  番を亡くしたオメガには、元番の香りを模したアロマオイルやポプリ、フレグランスを調合してくれるサービスもあることを初めて知った。番を失っても、その香りはオメガにとって特別だ。そういえば柊一も夏木の死後の発情期で彼の香りを求めていた。  元番の香りはあった方が楽ですよ、とアドバイスされたが、尚紀自身は夏木の香りに未練はなく、正直彼の香りもあまり覚えていないほどだった。少し酷いかもしれないが、多分立場が逆だった場合、夏木は尚紀のことをすぐに忘れただろうからお互い様だ。とにかく自分には不要だなと思った。  病室内を探索して少し疲れたか。夜中に目が覚めてうとうとしていたから、少し眠い。瞼が重い。発情症状が少し落ち着いている今のうちに少し休んでおこうかなと思い、尚紀はベッドの上に鎮座するビーズクッションに寄りかかって布団に入り、うとうとし始めたのだった。  うとうとしながらも、尚紀の脳裏に浮かぶのは廉のことばかりだった。  発情期だと自分から廉と距離をとった。発情期を見せるわけにはいかなかった、だけどタクシーの中や診察室で襲われた気持ちの揺れもあって、少し寂しい気持ちを持て余しているのが本音。 「廉さん……」  名前を口にすると、恋しさが募る。  知的な視線、整った顔立ち。優しい眼差し。中学時代の自分が憧れたあの人が、今朝まで一緒にいてくれた。再会してから一ヶ月半、苦しさや戸惑いもあったけど、あの人がいてくれて夢のようだった。  今、自分はなぜか彼の家でお世話になっている。なぜか、なんて明白だ。気持ちの上ではもう恋に落ちている。優しくされるたび、いや会うたび、声を聞くたびに惹かれた。強く出られて拒絶なんて、どうしたってできないのだ。  今朝方に交わしたハグを、尚紀は何度か思い出していた。 「退院の目処がたったら連絡して」  わかったと尚紀は頷いたが、廉は尚紀の想像以上の真剣な眼差しを返してきた。 「迎えに行く」  一日でも早くに発情期を終わらせたい。廉に連絡して、彼に迎えにきてもらいたいのだ。  会いたい。  大切にされるのも過保護にされるのも嬉しい。常に自分を第一に優先してくれるのは申し訳ないくらい。  番になれないのに、そこまでしてくれる彼。その真摯な眼差しに、自分も真剣に向き合わねばならないのはわかっている。  早く、発情期が終わってほしい……。

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