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11章(20)

「どう? 出せた?」  そのように颯真に問われて、尚紀は力なく首を横に振った。    この部屋に入って、どのくらい経ったのか尚紀にはもう分からない。感覚が麻痺してしまって、長い間この部屋にいるような、そうでもないような。  尚紀は、欲を発散させるための体勢の定位置となった、ベッドの上のビーズクッションにもたれかかるように身を預けて、小さく首を左右に振った。  ひたすら情けない気持ちでいっぱいだった。 「一度も? 出来ていない?」  早く欲を出しきって、発情期を終わらせて帰りたいのに。身の内に燻る夏木の欲を、尚紀は思ったように発散させることができなくなっていた。 「そうませんせ……」    尚紀の目からは涙が溢れてくる。 「うぅ……」  嗚咽が漏れて、尚紀は颯真に抱きつく。あれからどのくらい時間が経ったのか、尚紀自身にもよくわかっていないが、尚紀にとって辛い時間が続いていた。  なんとなく一昼夜までは記憶にあったけど、それからうとうとして、頑張って、力尽きて気を失って……となってからは、時間の感覚を辿ることをやめた。   「そっか……。もう自力は限界だね。体力ももうないようだし」  そう断定的に言われて、尚紀は返せなかった。体力まだまだあるか、自分でできるか、と何度も颯真から聞かれて、その度に尚紀は、大丈夫、自分でできると言ってきた。だけど、こうも達することができないと、焦りと不安が募り、心細さで強気に頑張るとは言い切れなくなってきた。  廉と別れた朝、そのまま発情期を乗り越えるために特別室に入った。早く廉と再会したくて、迎えにきてもらうために、最短で乗り越えるつもりだったのに、そうはいかなかった。  尚紀が自分を慰めて、夏木への欲を発散させようとするが、どうしても達することができないのだ。自分を慰めて、高みに登っていくのだが、ふと廉の姿を脳裏にみてしまい、すとんと落ちてしまう。あの愛おしい人を、ことの最中に考えると、身体が熱の発散を止めてしまうのだ。  夏木の番としての発情期なのに、廉のところに帰ることばかりを考えている自分を、夏木が許してくれないのかも、とさえ考えた。  しかし、尚紀はもう夏木のことを考えられなくて、かといって本能からくる発情症状に身と心を委ねることができなくて。あの温かくてやさしい眼差しのあの人の元に帰りたいと、そんなことばかりを考えていたら、達せなくなっていることに気がついたのだ。  そんな尚紀の異変は、翌日くらいには颯真も気がついていたように思う。頻繁に彼は病室を訪れては、尚紀を診察し、ちゃんと自分でできるかと、大丈夫かと気遣ってくれた。  大丈夫、自分でできると言ったのは、紛れもなく自分であるのだけど……。

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