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11章(23)
「次の発情期は、番の香りがあった方がいいかなぁ」
颯真の呟きに、尚紀は驚いて思わず彼を見てしまう。思わぬことを言われたように感じた。
今更、夏木の香りなんて。
「自分でできないとか、一回で終われないっていうのは、番の香りが足らないことが原因ということもあるんだよ」
発情期は、オメガのフェロモンが満ちて発現する生理現象だが、番がいる場合は互いの香りが影響しあってフェロモンが溢れて発情する。番がいるオメガが中途半端にしか発情できない場合、相手の香りが足らないというケースもあるらしい。
たしかに夏木と一緒に過ごしていた発情期は彼の香りに飲まれ、理性を手放していた。……そうでないと彼に抱かれることが怖かったから。
あの頃に比べれば、番の香りが足らなかったというのは理解できるのだが……。
「僕は……」
尚紀は悲しい気分に襲われた。番を失ったオメガは、アルファの番を亡くしても発情期を一人で乗り越えることができないのかと。
そんな様子を颯真はじっと見ていて、話題を変えた。
「とりあえず、それは後で話そうかな。少し休んで」
そう言って、看護師から注射器を受け取り、尚紀の腕に投与した。
「お休み。起きたらちゃんと話そうね」
そう言われて、布団に身体が沈み込む。久しぶりにゆったりとした睡魔が近づいていることに、尚紀は気がついたのだった。
夢も見ない感じで熟睡して、すっきりと目が覚めた。
目が覚めると陽の傾きを感じた。おそらく病室に入ってくる日差しが夕方のもの。スマホの電源も切ってしまって、尚紀はここしばらく時計を見るという習慣も消えて、時間の経過が曖昧になっていた。
「あら、目が覚めましたね。おはようございます」
そう声をかけてくれたのは、先ほどの担当看護師。尚紀の腕から伸びる点滴を調整してくれていたらしい。
「気分はどうかしら」
そういわれて、ぼんやりと首を傾げた。
「……悪くはない……です」
掠れ声でそう答える。
「そう。森生先生呼んでくるわね」
そう言われて、頷いた。
ぼんやりと正気が続いている。一体今はいつのだろうと気になって、枕元に充電したままのスマホを起動させた。
自分が入院したのは木曜日の早朝。
気がつけば、日曜日の夕方になっていた。
丸三日半ほど、この部屋で苦しんでいたということかと思うと、時間の感覚が少し戻ってきた感じがした。
「おお、顔色良さそうだね」
入室した颯真にそう言われて、尚紀は少し照れくさい気分になった。
意識が落ちる前に、この人に二回抜かれたのだという事実を思い出した。全裸とか喘ぐ姿とか。達する瞬間とか一部始終を見られてしまった。
少し強引だったけど、そうまでして燻る熱を放出し、楽にしてくれた。
尚紀は、颯真に対してさらに信頼を寄せる気分が強くなっていた。
「颯真先生」
「まだ次の発情症状は出てないね。とりあえず出し切った感じだね」
尚紀は頷いた。いきなり症状が出てくるのが発情期であったりするけど、この正気の時間は嬉しい。この時間が少しずつ長くなって、頭が少しずつ明瞭になって、発情期というものは終わる。
「あのね、さっきの番の香りの話なんだけど……」
颯真が切り出したのは、意識が落ちる前に話していた話。
「尚紀さんにはちょっと足りてないかなって思ってる」
自分の発情期に、果たして夏木の香りは必要なのかと思う。ドクターが足りないというにはそうなのだろうと思う。だけど、尚紀の本音はもう夏木の香りはいらない。あの頃身を委ねていた夏木の香りも覚えていない。
「……僕は、夏木の香りはいりません」
尚紀がそうきっぱり答える。
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