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11章(26)

「夏木は、亡くなる少し前に本業がゴタついていると言っていたみたいです。だから十分警戒していたと思うし、こうなることも覚悟はしていたと思うんです」 「そうか」  颯真は短く頷いた。きっと困っているのだろうと尚紀は思い、急いで言葉を重ねる。 「でも、番がいるのに、あっさり先に逝くのは薄情ですよね……」  柊一や達也を思うとそんな言葉も出るが、実は尚紀はそういった責める気持ちは、夏木に対して沸かなかった。 「関係は悪くなかったです。普段はあまり……ほとんど会わなかったし、連絡も取り合わなかったけど、発情期になれば一緒に過ごしてくれるので困ることはありませんでした」  それは身体だけの関係だったと明言しているも同然だったが、おそらく、颯真が知りたい夏木との関係性は分かってもらえたのではないかと尚紀は思った。 「なるほど。失礼な言い方だけど、普段は放置しているけれど、発情期になればアルファとしての義務を果たしてくれる、というそういう関係だったんだね」  端的な指摘に尚紀は頷いた。 「それは危険な仕事だから、尚紀さんを守るため?」  それは首を横に振った。 「……多分、興味がなかったんだと思います。でもそれでよかった。僕は夏木が怖かったし、発情期以外に会いたいと思ったこともなかったので……」  尚紀の言葉が少し宙に浮いた。颯真は何か考えている様子。 「……踏み込んだことを聞くけど、尚紀さんはどういう経緯で、彼と番関係に?」  当然そう聞かれることは覚悟していた。尚紀にとっては当然、夏木の職業を問われるよりも気持ちに負担がかかる質問。  だけど、夏木との特異な関係性を理解して納得してもらうには、そもそものきっかけを話さないとならないと分かっている。 「僕は……」  夏木と柊一、達也以外にこの話をするのは初めてで、少し緊張している。ドキドキと心拍数が上がっているのが自覚できた。 「あの、初めての発情期で夏木に番にされました。不用意に街中で症状が出てしまって、そのまま連れ去られて……」  あの時の気持ちが蘇る。気がついたら、夏木が自分の中にいて……。    尚紀は込み上げる気持ちに耐えねばならず、目を閉じた。  ……やめて、って言ったのに。項に走る強烈な痛みが、夢だとは言ってはくれなくて。痛みと絶望的な気持ちで涙が溢れてきた。誰かに助けて欲しかったけど、誰も助けてくれなかった。  目の前のアルファは、助けてくれなかった。  どうしても堪えきれなくて尚紀の目からはらりと落ちたのは涙。あの時の絶望感は、たどってみると未だに鮮烈だった。  温かくはなかったけど大事だった家族と帰る家、何気なくて退屈だけど愛おしい毎日、居場所がなかったけど大切だった学校生活。項を噛まれて友人や未来、そして自由。奈落の底に落ちたと思った。光も出口も見えず、終わったと。  すべて夏木に奪われた。あの時に人生のレールは大きく失われ、変化を遂げた。  そのなかで折り合いをつけてきた。もし、あの時あの場に居合わせず、夏木の番とならなかったら、自分にはどんな今があったのだろう。  これまで考えることに蓋をしてきたのに、容易に溢れてしまい、尚紀の感情を支配する。    はらはらと涙を流す尚紀に、颯真は寄り添ってくれた。優しく抱き寄せて、慰めてくれる。 「辛いことを思い出させたね」  尚紀の反応をずっと見ていたのだろう、颯真がそのように声をかける。尚紀は首を横に振った。

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