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11章(27)

「大丈夫、もう昔のことです……」  もう乗り越えたことですから、と尚紀は言った。  そう、夏木を通じて縁を結べた柊一や達也と一緒にすごすうちに、傷は癒やされた。今はもうなくなってしまったけど、あのとき失われた未来と多分同じくらい……いや、簡単に比較はしたくはないが、それでも同じように大切な時間を過ごすことができたと思っている。  それに夏木は、自分が生きていくために新しい世界を見せてくれた。達也は守銭奴だと言っていたけど、自分に見合う世界を見極めて導いてくれたことは、純粋に感謝している。  尚紀は颯真に話すことで少しずつ自分の気持ちが調っていくのを自覚した。  とはいえ、どうしても納得できないこともあって。もういない夏木に未だに囚われて、新しい人生を踏み出せないのが歯痒い。 「項に跡が残ってしまったのも、こんな経緯で夏木の番になったのに、どうしてって思うこともあるけど、仕方がなかったのだと思います。……そう思おうとしています。  だから、この間先生がしてくれた医療の進歩のお話は、僕にとって希望で、それは捨てたくないけれど。どうしても今の僕から見ると遠く感じてしまって……」  それが尚紀の正直な気持ちだった。颯真に対しては素直な自分をさらけ出せる。   「尚紀さんはさ……」  颯真が口を開いた。 「廉のことをきちんと愛しているんだ。結ばれる未来をしっかり考えている。  だから今の自分が希望するところから遠く感じてしまって辛い。新しい人生を歩み始められないのが悔しい。  そう、俺は理解したけど間違いない?」  そうストレートに言われて尚紀は素直に頷いた。これまで胸の奥に押し留めていた気持ちだけど、本音を言いたい。 「はい。僕は廉さんを愛しています。ずっと、好きでした」  そう言葉にしてスッキリした。本人にそう言える立場であったらと胸に秘めていた気持ち。初めて口にできた。 「なんで、僕は夏木に番にされる前に、廉さんと出会えなかったんだろう、どうして廉さんが見つけてくれるまで、自分を守ることができなかったのだろうと、後悔ばかりです」  そんなどうにもならない気持ちは、背中をとんとんと優しく叩いて励ましてくれる。 「今は後ろを向いていても仕方がない。それは尚紀さんも分かっているよね?」  尚紀は頷いた。  前を向け、と優しく颯真に促されているのは分かっている。だけど、自分がこの先ずっと腹の底に抱えていくであろう後悔も、今は吐き出したい。前を向くために。 「僕の考えていることは颯真先生にはお見通しなんですね」  尚紀はそう言って、笑みを浮かべた。

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