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11章(29)

 その後、尚紀は数日間、誠心医科大学横浜病院の特別室で過ごした。  番持ちのオメガが発情期の快感を引き上げるために番の香りは有効だが、尚紀が夏木の香りを明確に拒絶したことで、颯真は方針を変えた。  番の香りを使って発情期を乗り越えるよりも、フェロモン抑制剤を使った方が体力も温存しつつ乗り越えられると説明され、そのような処置がとられた。  しかし、それも抑制剤では期待するほどにコントロールできず、尚紀は再び射精できない苦しみを味わい、結局颯真に抜いてもらうことで、ようやく症状が落ち着いてきた。  颯真の説明では、発情期中によく使われる緊急抑制剤が効きにくい体質であることが原因のようだった。 「うん、終わったね。一般病棟に移れそうだ」  水曜日の午前の回診で、尚紀のアナルを触診した颯真は、ようやくそのように診断した。  ベッドに仰向けに横になり、脚を開いて診察を受けていた尚紀だったが、服を戻していいよと言われ、下着と寝巻きのズボンを身に着けてホッとする。  しばらく前まで、下着を穿いていられなくて、この部屋の中でずっと全裸で過ごしていたのに、症状が落ち着いてきて、今度は穿くものを穿かないと落ち着かないという、本来の自分の感覚が戻ってきて、安堵した。 「よくがんばったね」 「……長かったです」  尚紀がそう弱音を吐くと、優しく頭を撫でてくれた。 「期待するほど抑制剤が効かなかったから辛い思いをしたよね。ただ、抑制剤の効果は本当に人によるから。尚紀さんは発情期が重いタイプでもあるみたいだから、普段からきちんとフェロモンコントロールをして、少しずつ発情期を軽くしていこうね。  それじゃあ、午後には一般病棟に移ってもらって、体力的に問題なければ、明日退院かな」  そう言われて、尚紀は色めきたった。 「本当ですか!」 「発情期が終われば問題ない。尚紀さんは廉と一緒にいる方が元気になりそうだ。廉に連絡をとって、迎えにきてもらおう」 「発情期が終わりました。明日の午後退院だそうです」  尚紀がそのように廉にメッセージを送ると、待っていたかのようにすぐに既読がついて、「明日迎えにいく」と返信が入った。  一般病棟に移り、病室なので通話はできないが、そのレスポンスの速さが、片時も忘れずに待っていてくれたように思えて、尚紀は堪らなく幸せな気分に包まれた。  それから、何度かメッセージを交換した。たった一週間、廉と連絡をとっていなかっただけなのに、とても長い時間、音信不通であったような気がして、そのやり取りだけで泣きそうになった。  廉は、尚紀を迎えにいくために明日の午後は休暇を取ったとのこと。秘書という重要な仕事に就いているにも関わらず、何度も休暇を取ってもらって申し訳ない気持ちがあるのだが、自分が迎えに来てくださいと言ってしまった手前、何か言うわけにもいかず、何事もないように、ありがとうございます、とだけ伝えた。  廉からは、なんてことないよ、という反応。  本当に優しい人なのだ。

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