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11章(30)
翌日の午後に尚紀は退院した。
廉から到着したよと連絡をもらってから病室を出て、スタッフステーションの看護師に軽く挨拶などして、荷物を持って病棟を後にした。
すると、白衣姿の颯真が待っていてくれて、「送ろう」と、一緒に廉が待つロビー階にエレベーターで降下してくれた。
実は前日の夜に一悶着があった。退院に関して、廉が会計を含めてすべての手続きを終えると言って聞かなかったのだ。
「俺は今回、何の役にも立てなかったんだから、それくらいさせてほしい」とのこと。
それは悪いです! と尚紀は必死に抵抗したが、廉は聞く耳を持っておらず、気にしないでほしいの一点張り。
廉は何の役にも立たなかったなどと言うが、尚紀自身が早く退院するというモチベーションの原動力になったのは、間違いなく廉の存在なのに、と泣きそうなほどに戸惑った。
そこに颯真がやって来たので、廉の親友として仲裁を頼んだのだが、その颯真自身も「それで済むなら、いいんじゃないか」とあっさり容認されてしまい、尚紀はさらに困ってしまった。
「廉はどうしても尚紀さんの人生に関わりたいんだよ」
そう颯真は分析したが、尚紀があまりに眉を八の字にしていることに同情したのだろう。颯真も尚紀同様、少し困った様子で、あいつはわりと高給取りだから気にしなくても大丈夫、とあまり慰めにもならないことで、慰めてくれた。
「廉は尚紀さんを甘やかしたいんだよ。今回は折れてやって?」
そんな。いまでも十分甘やかされていると思うのに?
颯真に説得されても、尚紀の中ではそのような気持ちが燻る。しかし、勢いで押し切られ、そのまま退院となってしまった。
尚紀と颯真が病棟からロビー階に降りると、宣言通り退院手続きを済ませた廉が、人波の中で待っていた。
スリムなシルエットの、シックなダークブラウンのスーツ姿で、背が高くて目立つ。知的で冷静な相貌は、すれ違う人たちの視線を攫っている様子で、尚紀自身も改めて見惚れてしまう。
その真摯な視線をこちらに向かせたくて。
「廉さん……!」
尚紀が思わず呼びかけた。すると、呼びかけを聞き止めた廉の視線がこちらを向いて……。
視線がかち合って、煌めいた。
「尚紀!」
それを見た途端、それまで気持ちの中に燻っていたものが一瞬で晴れた。
尚紀は、そのまま駆け出した。
「廉さん!」
覚悟なんていらなくて、とっさの行動だった。
恋しくて、会いたくて。早く戻りたかった。
それが、行動になって現れたのだ。
尚紀が、廉の胸に飛び込み、抱き付く。廉は驚いた表情を浮かべながらも、しっかり抱き止めてくれた。
「ただいま……です」
そう言って、廉を見上げて少し照れ臭くなる。廉の暖かい身体に触れて、戻って来たんだなと実感が込み上げる。そして彼の香りも。
廉は尚紀を抱き寄せて、耳元で「おかえり」と言ってくれた。
「尚紀が帰ってきてくれて嬉しい」
ストレートに感情を吐露してくれて、尚紀はたまらなく幸せな気分になった。
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