152 / 192
11章(31)
「お迎え、ご苦労」
白衣姿の颯真が、ニヤニヤしながら廉に言うと、スーツ姿の廉も平然と「うちの尚紀が世話になったな」と返した。
尚紀はこのやりとりを、廉の腕の中で聞いていたが、二人の関係性がわかるなあと感じた。阿吽の呼吸が分かる、遠慮のない間柄なのだろう。
「うちの、か」
颯真がそう呟いて、尚紀にさりげなく視線を流してくる。尚紀は目を伏せた。颯真の言葉が脳裏を掠め、きちんと廉に気持ちを伝えないとと思ったが、それはとりあえず退院してから。なんて言ったらよいだろう……。
「尚紀さん、次回は来週早めに来てね。早速フェロモンのコントロールを始めよう」
そう言われて尚紀は颯真に向き合う。
「颯真先生、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
尚紀のそんな改まった挨拶に、颯真はまたね、と軽く手を振って、笑顔で見送ってくれたのだった。
すでに退院手続きを済ませてしまった廉とともに、尚紀は病院のエントランスから待機していたタクシーに乗り込み、そのまま中目黒の自宅まで行き先を指定した。
廉は終始スマートで、タクシー乗り場まで尚紀が持つ荷物をさりげなく受け取り、エスコートしてくれた。
「平日なのに、すみません」
思わず口をついてしまう謝罪の言葉に、廉は苦笑する。何も言わずに頭を撫でてくれた。
「俺としては尚紀が退院するってことで嬉々として来たんだけどね。謝られると困ってしまうんだけど、そういう遠慮しがちなところも、尚紀の性格かな」
否定せずに受け止めてくれるその言葉が嬉しい。
「そろそろ俺に対してはあまり遠慮は要らないってことを学んでほしんだけどな」
そう言われて、返事に困った尚紀は、これからがんばります、とだけ答えた。
「次の通院は来週?」
そう聞かれて尚紀は頷いた。
「はい。僕は発情期が重いみたいです。定期的に通院して、フェロモンをコントロールすることで発情期を軽くしていくことになりました」
「そうなんだ。颯真がちゃんと診てくれるなら安心だね。しばらくはうちから通ったらいいかな。その方が近いし、庄司さんも安心するし」
尚紀は目を伏せた。
退院したら、どうするか。廉の家を出て自宅に戻るのも一つの選択肢だと思っていた。いつまでも廉に世話になるわけにはいかない。発情期も終わったし、一人で生活できるだけの体調も戻った。
そう考えると、廉のもとで世話になる理由がない気がするのだ。
すると、廉は尚紀の迷いを察したのかもしれない。あくまで口調は軽く、その話は後でしようかなと、と引き取った。
ともだちにシェアしよう!