153 / 159

11章(32)

 このまま引き続き廉の部屋で生活するか。それとも自宅マンションに戻るか。決断を迫られていた。どうしようと思うが、このまま世話になる理由がないという理性と、廉と離れたくないという感情がせめぎ合って、尚紀は揺れていた。  急に黙り込んでしまった尚紀に、廉は少し心配そうな表情を見せる。 「急に動いて疲れた?」  そう問われて、自分が思考の沼に嵌っていたことに気がつく。異変に本当に気がつく人だから、気をつけないとと思い、あえて笑顔を浮かべて尚紀は首を横に振った。 「いいえ、大丈夫です」  とは言ったものの、廉は心配そうで、帰ったらすぐに横になるといい、と言ってくれた。  タクシーはみなとみらいから中目黒までの最短ルートを辿っていく。ドライバーも口数が少ない人物のようで、車内はしばらく沈黙が続いた。尚紀は車窓をぼんやりと眺めていた。不思議と重い空気が流れているわけではなく、車内は会話がなくとも苦しくはなかった。  廉は、仕事の連絡なのだろうか、スマホでメールを確認している。嬉々としてやって来た、などと言ってくれていたが、やっぱり多忙なのだろう。  やっぱり、部屋を出ようと尚紀は思う。  それで体勢を立て直して、改めて廉に気持ちを伝える、というのはどうだろうか。  ……そう、気持ちを伝えることは颯真との約束だから。  どうやって切り出そうか、尚紀はそんなことを道中ずっと考えていた。  その後しばらくタクシーは混み合う道を走り抜け、見慣れた中目黒駅も通過して、住宅街に入り込む。ほどなくして廉のマンションの前で停車した。  尚紀はタクシーから降りて、荷物を抱える。続いて支払いを済ませた廉が下車し、尚紀の荷物をさりげなく引き取ってしまった。 「廉さん……!」  尚紀が驚くが、廉はこともな気に言う。 「尚紀は、俺がいる時には遠慮なく俺を頼ればいいんだよ」  そう言われて、部屋に促されてしまう。別れるタイミングはここも一つの選択肢でなるべく早く、軽い口調であっさりと、と思っていたのに、いざとなると決断ができなかった。  踏ん切りがつかない自分自身に、尚紀は内心呆れ果てていた。  とはいえ、廉の自宅は尚紀にとってはとても居心地が良い。一週間ぶりに戻ってきたその部屋は、温もりがあって、人が住んでいる気配がして、とても安心する。  柊一の死去で失ってしまった、あの横浜の部屋と同じというわけではないが、暖かみは似ている。 「おかえり」  そう言われて、この部屋は自分の帰る場所なのだと思っていいのかと戸惑うが、気持ちが解れるのも事実で。  廉に視線で促され、尚紀も彼を見た。 「ただいま、です」  すると、廉が尚紀の手を引いてくれた。

ともだちにシェアしよう!