153 / 191
11章(32)
このまま引き続き廉の部屋で生活するか。それとも自宅マンションに戻るか。決断を迫られていた。どうしようと思うが、このまま世話になる理由がないという理性と、廉と離れたくないという感情がせめぎ合って、尚紀は揺れていた。
急に黙り込んでしまった尚紀に、廉は少し心配そうな表情を見せる。
「急に動いて疲れた?」
そう問われて、自分が思考の沼に嵌っていたことに気がつく。異変に本当に気がつく人だから、気をつけないとと思い、あえて笑顔を浮かべて尚紀は首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
とは言ったものの、廉は心配そうで、帰ったらすぐに横になるといい、と言ってくれた。
タクシーはみなとみらいから中目黒までの最短ルートを辿っていく。ドライバーも口数が少ない人物のようで、車内はしばらく沈黙が続いた。尚紀は車窓をぼんやりと眺めていた。不思議と重い空気が流れているわけではなく、車内は会話がなくとも苦しくはなかった。
廉は、仕事の連絡なのだろうか、スマホでメールを確認している。嬉々としてやって来た、などと言ってくれていたが、やっぱり多忙なのだろう。
やっぱり、部屋を出ようと尚紀は思う。
それで体勢を立て直して、改めて廉に気持ちを伝える、というのはどうだろうか。
……そう、気持ちを伝えることは颯真との約束だから。
どうやって切り出そうか、尚紀はそんなことを道中ずっと考えていた。
その後しばらくタクシーは混み合う道を走り抜け、見慣れた中目黒駅も通過して、住宅街に入り込む。ほどなくして廉のマンションの前で停車した。
尚紀はタクシーから降りて、荷物を抱える。続いて支払いを済ませた廉が下車し、尚紀の荷物をさりげなく引き取ってしまった。
「廉さん……!」
尚紀が驚くが、廉はこともな気に言う。
「尚紀は、俺がいる時には遠慮なく俺を頼ればいいんだよ」
そう言われて、部屋に促されてしまう。別れるタイミングはここも一つの選択肢でなるべく早く、軽い口調であっさりと、と思っていたのに、いざとなると決断ができなかった。
踏ん切りがつかない自分自身に、尚紀は内心呆れ果てていた。
とはいえ、廉の自宅は尚紀にとってはとても居心地が良い。一週間ぶりに戻ってきたその部屋は、温もりがあって、人が住んでいる気配がして、とても安心する。
柊一の死去で失ってしまった、あの横浜の部屋と同じというわけではないが、暖かみは似ている。
「おかえり」
そう言われて、この部屋は自分の帰る場所なのだと思っていいのかと戸惑うが、気持ちが解れるのも事実で。
廉に視線で促され、尚紀も彼を見た。
「ただいま、です」
すると、廉が尚紀の手を引いてくれた。
ともだちにシェアしよう!