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11章(35)
尚紀は手渡された三輪のブルーローズを眺める。真っ青の花は、可愛らしい、というよりは高貴な雰囲気だ。「奇跡、夢が叶う」という花言葉に相応しいなと感じた。
廉も尚紀の手元に視線を流す。
「俺たちの再会は奇跡だった。まず、尚紀がモデルとして世間に顔を出していなければ巡り会えなかった。
俺が尚紀の先輩だったことも、尚紀が俺のことを好きだと言ってくれたことも、奇跡のような巡り合わせがあってこそだった」
自分がモデルをしていなければ、この再会はなかったと、廉に言ってくれて尚紀は救われる気分になった。この仕事は、今でこそ尚紀にとって大切な一部分だが、もともとは前の番との縁に繋がる。夏木が教えてくれた世界だった。
「俺は、尚紀の項に噛み跡があるのはもとより承知の上だ。そんなことは関係ない。尚紀がいいんだ」
尚紀じゃないとダメなんだよ、と廉が言う。
「僕でないと……」
「俺が愛しているのは西尚紀だ。番云々はその後の話。尚紀がいればそれでいい」
廉の言葉は尚紀の想像以上のもので、尚紀は驚く。
「廉さんはアルファなので、番は必要です」
尚紀のその素直な反応に、廉は少し困ったような表情を浮かべた。
「俺自身は、番にこだわっていないんだ。尚紀と番えないのであれば、俺には番は必要ないと思っている」
自分に番は必要ないと言い放つアルファを見て、尚紀はさすがに驚いた。
「俺に必要なのは尚紀自身なんだ。俺と付き合ってくれないか」
ベータの恋人みたいに、と廉は言い添えた。
「ベータの人たちは番を持たない。だけど相手に惹かれ合って気持ちを通わせて、そして縁を繋ぐ。
俺たちもそれがいいと思うんだ」
いずれ、尚紀の項の噛み跡を消す方法が見つかったら、番うかを二人で考えよう。
なんて優しい言葉だろう。
尚紀は胸に込み上げるものがあった。それでも、自分がいいと言ってくれるのだ、この人は。
「廉さんは、僕が番うことができるようになるまで、待ってくれるというんですね」
尚紀が込み上げる気持ちを堪えて言うと、廉は意外にも首を横に振った。
「いや、特に待つ気はないよ。
番関係になるかは、尚紀と一緒に人生を歩む中での選択肢の一つに過ぎないからね」
あくまで第一に考えるのは、番うことより尚紀とのことだと言いたいようだ。そこまで言われてしまって、尚紀には首を横に振る理由がない。
そこまで言葉を尽くして、自分を求めてくれる江上廉というアルファ……。
廉が遠慮がちに尚紀の手を引き、そして抱き寄せた。きっとフェロモンで拒絶されないか、心配されているのだろうが、尚紀は気にならない。
残念ながら廉の香りは尚紀には分からないけど、彼の温もりに触れて、ドキドキと胸が高鳴り嬉しい気持ちが溢れかえる。
もう、番になれない自分に絶望しなくていいのかな……。
鼻がつんとして、視界が潤む。言葉にならないのに、気持ちが膨らんで、廉の温かい腕の中で尚紀は目を閉じる。涙が溢れないように。
「廉さん……嬉しい。ありがとうございます」
それでも声は震えた。
「僕は廉さんを愛しています」
「ようやく、欲しい尚紀の答えが聞けた」
廉は声を弾ませて、尚紀を再び抱きしめた。
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