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12章(4)
診察が終わり、会計を済ませて薬局で処方薬を受け取る。今日の分は先ほど診察室で颯真の前で服用してきたので、明日から五日間分の抑制剤が尚紀に渡された。
「切れ味はいいんですが、少し副作用が強めに出るかもしれないお薬ですね」
薬剤師にもそのように説明されたので、承知していると頷く。
「しんどかったら連絡するように先生に言われました」
すると、薬剤師もにっこり笑った。
「そうですね。それが先生のご指示なら、我慢しなくて大丈夫だと思いますよ」
そして、処方箋を見て、処方医名を確認したらしい。
「ああ、なるほど。アルファ・オメガ科の森生先生ですね、お優しい先生ですから。遠慮しなくて大丈夫」
他の医療関係者からも颯真の腕は知られていて、信頼されているらしい。尚紀もなんだかそれが嬉しい。
薬を受け取り、薬局を出て駅に向かう。
本当はタクシーで帰ってきなさいと廉からは言われていたのだけど、中目黒からみなとみらいまでタクシーを使うとかなりの額になるし、それこそ往復なんて、とてもではないが尚紀には考えられない。廉と一緒であれば二人分だし、いいと思うが、一人では気が引ける。
体調も安定しているし、大丈夫、電車で帰ろうと思う。それに電車移動は好きだ。
そうだ、商業施設をなんとなくぶらりとしてみようか。
こんなふうに元気にのんびりとした散歩の時間を得るのは数ヶ月ぶりな気がする。どれくらいぶりか。おそらく去年、まだ柊一が生きていた頃の話だと思う。
尚紀の弾んだ気持ちが急にすとんと落ちた。
自分でもその落胆は分かった。
シュウさん……。
柊一が亡くなって、もうすぐ三ヶ月。
その間、自分のことでいっぱいいっぱいで、柊一のことを思い出している余裕はなかった。
かなり薄情だ。
横浜に一人で来たからには、思い出さないはずなどない。
ここから少し歩けば、彼のお骨を蒔いた、大さん橋があることはわかっていた。
今日は体調も悪くないし、大さん橋まで頑張れば歩けなくはない。いや、歩く必要などなくて、行こうと思えば歩いてでもバスでもタクシーでも簡単に行ける距離なのだ。
しかし、尚紀の足はどうしても向かない。薄情だと自分を責めてはみる。
この三ヶ月、柊一のことをすっかり忘れていた。いや、意識の外に追いやっていたというのが正確なところかもしれない。
思い出すと、記憶の蓋を開けることで、もうどうにもならない後悔を直視することになり、気持ちに収拾がつかなくなりそうで怖かった。
だけど、自分は廉と再会して、番になれずとも彼と幸せになる道筋も見えてきたのに……。
それでも怖い。尚紀の中で、手を伸ばせば開くことができるのに、蓋を閉めて見ないように意識している箱がある。
それが、柊一への想いだった。
尚紀はとぼとぼと、駅の改札に向かって歩き出す。
颯真の診察を受けて、とても希望に満ちていたのだが、どうも日が悪いみたい。
早く帰って、寝てしまいたい、消えてしまいたいと思った。
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