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12章(5)
物音がした気がした。
ぼんやりとした夢うつつの中にいたが、それで少しずつ意識が明確になる。
それは、ガチャリと人が入ってきた音だった。
尚紀はうっすらと目を開ける。あたりはもう真っ暗だった。
いつのまにか陽が落ちていた。
みなとみらいから、なんとか電車で帰宅できた尚紀だったが、中目黒まで着いた時点ですでに気力をすり減らし、体力も限界だった。ふらふらとしながらこのマンションまで辿り着き、部屋に入って力尽きた。
猛烈に身体が怠かった。
そのままベッドに倒れ込んだ。
そのまま意識が途切れて数時間。次に気がついたのは、ジーンズのポケットに入れていたスマホが揺れたため。取り出してみると、廉から。これから会社を出る、という帰宅メッセージだった。
このまま倒れていては驚かせてしまうと思ったが、元気を装う体力もメンタルも戻っていない。
仕方がないので、体調が優れなくて寝ているとメッセージを送った。
それに対して、廉からはわかったから無理せずに寝ていて、という温かい返信を受け取った。
あれから一時間が経過しているようだから、廉が帰宅したのだろう。
身体を起こして、おかえりなさいと言いたいけれど、難しい。
扉の向こう側で人が動く気配がして、しばらくしてその扉が開いた。
「……尚紀?」
静かな問いかけに、尚紀が顔を上げた。
「廉さん……」
声を上げると、明かりをつけるよ、と断りが入り、部屋が明るくなった。廉はコートを脱いだスーツ姿。格好いいな、としみじみ思ってしまう。
「ただいま。まだ怠そうだね。昼間と比べてしんどい?」
気遣う言葉に、尚紀はおかえりなさいと言ってから、大丈夫です、と答えた。
触れてもいいかと問われて、尚紀が頷くと、廉の大きな手のひらが、尚紀の額に当てられる。
冷たくて、だけど温かくて。気持ちがいい。思わず目を閉じた。
そのまま意識を失いそうになるけど、頑張って目を開ける。廉に熱は大丈夫だけど、疲れかな、と言われた。
「そうかもしれません……」
でも多分、それだけではなくて……。
柊一のことを思い出したから。
「ちゃんと帰ってきて来れてよかった」
安堵の声を聞いた。 電車で帰ってきたというのは内緒だけど、そんなことをしたから体調を崩したのかなと、申し訳ない気分になる。
「でも、寝ていれば戻ると思います。大丈夫です」
本当は今日は夕食を用意して待っていたかったのに。この体調では無理だった。わずかな後悔が残る。
「廉さんのごはん……作っておきたかったのに。ごめんなさい」
「そんな心配しなくていい」
少し困ったような表情で廉が言う。
「尚紀にそんなことをさせたくて一緒に住んでいるわけじゃないんだから」
廉が、横になる尚紀の頬を手のひらで包む。この手に触れられているのは、安心する。
尚紀は目を閉じた。
「ゆっくり休んで」
自分は廉にとても大切にされている。体調に翻弄されながらも、尚紀の気持ちは不思議と安定していた。
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