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12章(6)
「今日はもう寝た方がいいな」
そう言って、着替えを用意してくれる。自分で着替えられるかと聞かれ、慌てて大丈夫です! と答えた。
「残念。俺が着替えさせてあげても良かったんだけど」
そう軽く笑って、廉は部屋を出ていった。
尚紀は身体を起こして、ベッドの上で渡された寝巻きに着替えるが、腕を伸ばして上げて、腰を上げて、としていたら、すっかり疲れてしまった。
体力が落ちていないかなと心配になるくらい。おそらく大丈夫なはずだ。朝はみなとみらいまで行けたのだから……。
着ていた服をなんとか畳んで、ぐったりとしてベッドに横たわる。
するとスーツのジャケットを脱いで、ネクタイを解いた廉が、今度はトレイを手に入ってきた。
「着替え終わった?」
「はい」
そう答えたものの、ベッドに力なく横たわる尚紀に、廉が疲れちゃったかなと言った。
「大丈夫……です」
そう強がるが、言葉に力が入っていなくて。口だけなのは廉も察した様子。
「寝る前に水分を補給して、少し食べてから寝よう」
トレイに置かれていたのは、ストローが添えられたマグカップと丸いカップに入れられたフルーツゼリー。
「ゼリーなら体調悪くても食べられるかなと思って」
いけそう? と問われて、尚紀はいただきますと答えた。正直なところあまり食欲はないけれども、そんな風に寄り添い気遣ってくれるのは本当に嬉しい。
尚紀が起きようとすると、廉が介助してくれて、ヘッドレストに枕を立てかけ、身を起こしてくれた。
「ありがとうございます」
廉がベッドに腰掛けて、自分の膝にトレイを乗せる。どうやら食べさせてくれるらしい。手間をかけさせてしまっていると思う。
「すみません……」
そう謝罪の言葉が口をつくが、廉は苦笑した。
「謝らないで。俺が尚紀を構いたいんだから」
そうして、マグカップに添えられたストローを差し出してくれる。それに口をつけた。
中身は少し温かいスポーツドリンクで、先日尚紀がこれを好んで飲んでいたのを覚えていてくれたらしい。
ストローで吸い込んでも問題ないくらいの温かさで、気遣いを感じる。これを飲んでみると、自分の喉が渇いていたことに気がついて、思わずごくごくと飲んでしまう。
「あとでスポーツドリンクをベッドサイドに置いておくね」
寝ていてもちゃんと水分をとってねと言われた。
そして、、スプーンでゼリーをすくうと、尚紀も口許にもってきた。
「あーん」
そういって尚紀が口を少し開けると、そこにゼリーを滑り込ませてきた。
それは桃のゼリーで、とても冷たくて甘くてつるんとしていて、優しい味わい。噛まずとも嚥下できてしまう。
尚紀が美味しいですと言うと、廉はそれは良かったとほほえんで満足げ。
そして二口目、三口目もそうやって廉が食べさせてくれる。
ゼリーは甘くて美味しい。けれど、少し恥ずかしい。
「あの……廉さん。僕、自分で食べられますよ?」
そう言ってみたものの、廉は尚紀にスプーンを渡してくれなかった。
廉が苦笑する。
「尚紀が、そうやって口を開けてくれるのが嬉しくてさ」
ついつい、あれこれしてやりたくなってしまうと廉は苦笑ぎみ。
「尚紀のパーソナルスペースに入ることをようやく許されたって感じ」
尚紀は気持ちをつなげるまで、意識して廉と一線を引いていた。それは彼にそんなふうに感じさせていたのか、と知る。
「だからさ、しばらくは尚紀を甘やかしたいな」
そう直球で請われて、尚紀は急に恥ずかしくなり、俯いて頷いた。
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