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12章(8)

 そのまま廉に付き添われて、尚紀は眠りについた。意識が夢のなかに落ちるまで、廉は尚紀の手を握って、優しく身体をさすってくれた。  なんだか赤ちゃんになった気分でくすぐったかったが、廉の手は温かくて気持ちが良くて。  すぐに睡魔に引き寄せられてしまった。  とはいえ、翌朝になっても、尚紀の中に身体の怠さや気持ちの落ち込みは変わらぬまま。悪夢を見なかったのは幸いだったが、朝から憂鬱な気分を引きずっていた。  廉は、早朝にも関わらず颯真と連絡をとってくれて、尚紀の様子を伝える。  廉によると、颯真はベッドから起き上がるのがしんどいのであれば服用をすぐに中止してほしいこと、また体調の回復を待ってから違う薬を試すと話したとのこと。  結局、廉の会社の抑制剤は、尚紀の身体には合わなかったようだった。 「廉さんの会社の薬が合わないなんて……」  ずん、と落ち込んだ尚紀の言葉を、廉は優しく受け止める。 「そういうこともあるよ。フェロモン抑制剤は人によって効き方が違うから、たまたまだよ。他にもフェロモン抑制剤はあるから、その中に尚紀に合うものがあるかもしれない」  颯真や廉の話ぶりだと、実際に服薬してみないと抑制剤の相性は分からなさそうだと尚紀も理解した。 「まず試さないと分からないんですね」 「そうだね。早く尚紀に合う抑制剤が見つかるといいんだけどな。でも、そこは颯真がちゃんと見つけてくれるよ」  そう言って優しく頭を撫でてくれて、気持ちは慰められた。  結局、フェロモン抑制剤の副作用で二日ほど休息し、復調する頃には週も後半になっていた。  そして土曜日。尚紀は廉とともに二人揃って誠心医科大学横浜病院に向かったのだった。 「電車にだって乗れますよ」  尚紀はそのように主張したが、先日まで副作用で潰れていていたのだから、混雑する電車の中で体調が悪くなったりしても良くないと大事をとり、二人でタクシーで向かった。  病院には予約時間ぴったりに到着し、そのまま受付を済ませると、尚紀だけ呼ばれて採血と採尿を受ける。  そしてそのまま診察室に誘導される。いつもの診察室にはいつものように颯真が待っていた。 「こんにちは。薬の副作用がかなり出たって聞いたけど、体調はどうかな?」  颯真の問いかけに尚紀は椅子に腰かけながら口を開く。 「もう大丈夫です。僕、怠いとか憂鬱とかが副作用と思わなくて……」  颯真は頷いた。 「悪夢って副作用は、インパクトが大きいよね。だから他の副作用が出ても、それが副作用だとは気が付かないこともある」  尚紀も頷いた。 「廉さんが気づいてくれなかったら、僕も飲んだ薬の影響だとは気がつかなかったかもしれません」 「だね。廉の会社の薬で助かった」  颯真がそう言ってパチパチと端末に入力する。 「この間のは少し強い薬だったから、今回は少しマイルドなやつにしておくね。強い薬でガツンと抑えた方が良いんだけど、マイルドな薬から始めて少しずつ上げていく方法を取ろう。  で、飲み慣れてきたら、強めのものを入れていこうね」  尚紀は頷いた。 「ただ、やっぱり副作用は同じような感じだから、体調をよく観察してみてね」  颯真は尚紀に向かって笑みを浮かべる。 「心配しなくて大丈夫。少しずつだよ。合う抑制剤を探しながら、ゆっくりやっていこうね。  さて、廉にも入ってもらって、ちょっとお話しようかな」  そう言って颯真はデスクに設置されているマイクで、待合室にいる廉に診察室に入るように促した。

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