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12章(9)
「失礼します」
コンコンとノックがして、診察室のカーテンの向こうで扉が開き、廉が挨拶する声が聞こえた。
「いらっしゃい」
颯真の声かけが気軽なものになった。二人の関係はここでも変わらないのだなと尚紀は思った。
「なんのお呼び出しかな」
廉がそう反応すると「とりあえず座って」と颯真が自ら動いて、尚紀の隣に椅子を差し出す。
「ありがとう」
そう言って廉も座った。
デスクの前に颯真、そして向かい合って尚紀と廉が並ぶ。
「わざわざ来てもらって申し訳ない。尚紀さんと廉の二人に新しい治療法の話をしたかったんだ。平日はなかなか時間が取れないから、土曜日に来てもらった」
「新しい……治療法ですか? 僕だけでなくて、廉さんも……?」
自分一人だけならばわかるのだが、廉が呼ばれる意味とは何だろう。尚紀は思わず廉を見る。すると廉も不思議そうな表情を浮かべている。
しかし、颯真は頷いた。
「そう。ただ、まだ走り始めたばかりの話で、見通しも少し先。具体的に進むのはこれからだ。それを前提で聞いてほしい」
颯真の言葉に、尚紀と廉はますます分からずに顔を見合わせた。
「番と死別して項に跡が残ってしまったオメガで、アルファの番候補がいる方に声をかけてるんだけど……」
えっと、それはそのまま僕のことですね、と尚紀は思って颯真を見た。
颯真もその視線に頷いた。
「そう、尚紀さんのような状態の人。年明けに正式に決まったばかりで、すべてがこれからなんだけど、声だけはかけておこうと思って。
尚紀さんみたいな人を対象にした臨床試験を計画してて。来年にも行う予定なんだ」
「りんしょうしけん……?」
尚紀の曖昧な反応に颯真が優しく頷いてくれた。
「うん。臨床試験っていうのは、正式な治療方法として実用化される前に、患者さんに実際に使ってもらって効果や安全性を調べる試験のことだね」
難しい話になってきたと感じる。思わず廉に助けを求める視線を送ってしまう。
「どういうことだ?」
廉が尚紀の視線を受けて颯真に問う。
「うちと、誠心医大の本院の方で、そういう患者さんを対象にした治験計画があるんだ。
番の跡が残ってしまったオメガが新しいパートナーと番契約を結ぶ治療方法がないかって模索してて」
新しいパートナーと番契約を結ぶ治療法!
尚紀は思わず目を見開く。
もしかして。
そわそわと尚紀の胸が高鳴る。
そこに廉の冷静な声が被った。
「それって、今の医療技術じゃ無理なんだろ。どうやって?」
そうだった。確かに難しいと、尚紀もはっきり聞いた。
尚紀の歓喜と落胆をよそに、颯真と廉の会話は交わされる。
「ざっくり言うと、前の番の影響を残すフェロモンをきちんと押さえた上で、発情期を起こせば番契約を塗り替えることができると」
もともとは理論としてはあったんだよ、と颯真が言う。
「だけど、それを可能にする技術がなかったんだけど、ようやくそっちが追いついてきたって感じでな」
颯真は廉と尚紀に視線を向ける。
「海外でも少しずつ行われるようになってきた新しい治療法で、『ペア・ボンド療法』っていうんだ」
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