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12章(10)

「ペア・ボンド療法……『番療法』って意味か。初めて聞くな」  廉が呟く。専門家の颯真はもちろんだが、廉も製薬会社勤務のためか、このような話は造詣が深そうなので、尚紀はぐっと堪えて二人の話を邪魔せずに黙って聞くことにした。  本音ではそわそわしている。颯真の話では廉と番になれるかも、という治療法だというのだから。  すごく驚いて、だけど嬉しくて、本音では颯真にそこのところをきちんと確認したい。だけど、廉が冷静な、大人の反応を見せたので、口を出すチャンスがなかったのだ。    尚紀が落ち着かない気持ちを持て余していると、廉がこちらを見ずにさりげなく手を握ってきた。落ち着いて、と言われたような気がして、我に返る。深呼吸を数回して気持ちを落ち着けた。  少し興奮して鼻息が荒くなっていたのかもしれないと思う。そして、それは廉にもバレていたようだった。  颯真の視線は廉に向いている。 「初めて聞くだろ。数年前までは文献に小さく触れられているレベルのものだったんだ。最近、良い薬がでて、オメガのフェロモン療法が大きく変わった。それで海外でも行われるようになり始めた新しい治療法だ」 「良い薬?」 「メルト製薬の『グランス』な」  廉が知っているという前提なのだろう。颯真が専門的な用語を躊躇いなく口にした。  尚紀にはよくわからない。颯真と廉の間で話が進んでいく。ただ二人の間で交わされる話を、眺めるように聞くしかない。  廉が頷いた。 「あれは画期的らしいな。うちでも開発しているのがある。グランスはよく効くし、医療現場の評価も高いと聞いている」 「全くもって画期的だ。誘発剤は他社もメルトを追いかけている分野だろう。こちらとしてはこれまで欲しいと思っていた、まさにニーズを掴んだ薬剤だ」 「フェロモン療法は抑えることができても、それを引き出す術がないっていう問題点があったしな。ペア・ボンド療法のオメガの発情期は、あれを使って起こすのか。本来は適応じゃないだろう?」 「ああ。ただ、海外でもいくつか治験が進んでいる。文献も出てきている」 「だから適応追加の治験か。……まさに先端の治療法だな」 「そうだ」  廉と颯真の間で、専門家同士の阿吽の呼吸の会話がなされている。 「うーん」  廉が唸った。なにか悩ましいのか。  尚紀は心配になる。 「……廉さん……?」  思わず声をかけると、廉は我に返り、尚紀を置き去りにして話を進めたことを謝ってくれた。 「尚紀……。分かりにくい話だったよね。ごめんね」  そして、「ペア・ボンド療法」というものがどういう背景をもった治療法なのかを、簡単に説明してくれた。  これまで実現することが難しいとされていた治療法だったが、一つの画期的な新薬の登場で可能になったということ。それが「グランス」という、医療現場でも評価が高い新薬であるということ。また、海外でも最近研究が進められている先端の治療法であることなども教えてくれた。 「尚紀が今使っているようなフェロモン抑制剤で、最初に前の番の影響をがっちり抑えておいて、グランスっていう薬で番の影響ではない発情期を起こすんだ。それで番う」  ただ、グランスを使って発情期を起こすとなると、そこに辿り着くまでに厳格なフェロモン管理が必要になり、負担は大きいらしい。  廉と颯真は、大まかに、そんなふうに説明してくれた。  なるほど、と尚紀も理解する。 「でも、僕が頑張れば廉さんと番になれるんですよね?」  尚紀は二人に問いかけた。

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