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12章(13)

 誠心医科大学横浜病院は、みなとみらい駅からすぐの場所で、五分も歩けばウォーターフロントに到着する。  大きなビルが連なり建つ場所であるので、冷たい海風が高層ビルの勢いをつけて、ビル風となって吹き上げる。  寒い、と思わず尚紀が手を擦り合わせる。すると、廉が手袋を差し出した。 「どうぞ」  そう言われて尚紀も受け取る。 「ありがとうございます」  彼が愛用しているものだろうか。しっとり柔らかい革製のもの。使い込まれて年季が入っていそうだ。はめてみると、しっとりとした柔らかい革が肌に馴染んで、心地よい。ものを大切にする人なのだなと、尚紀は廉を見た。  しかし、自分が手袋を使ってしまっては廉の手は寒いのでは……。  彼の手元に視線を流すと少し冷たそう。 「手は大丈夫ですか?」  僕が借りてしまったので……とそう言いかけると、廉は少し楽しそうに、尚紀の右手はこっちな、と廉の左手に繋がれる。 「廉さん!」  繋がれた右手は、そのまま廉のコートのポケットに。  驚いて尚紀が廉を見上げると、彼は優しく笑んで言った。俺の手を温めて、と。  尚紀は胸を掴まれ息を飲んだ。  なんて色っぽい顔をする人なんだろう!  思わず視線を外して、胸に左手をやる。ドキドキしてきた。  左手は廉愛用の手袋に、そして右手は彼のぬくもりに包まれる。  どうしよう。ドキドキする。 「どうした?」  この人はどの人に対してもそうなんだろうか。 「すみません……。廉さんが刺激的すぎて」 「俺が?」  苦笑するように廉が問いかける。  心臓が破裂しそうです……と尚紀が動揺を吐露するも、廉は「尚紀、あれに乗ろう」と指さした。  その指の先につられて見上げる。  青空にそびえたつ観覧車だった。 「乗れるんですか?」 「もちろん」  廉はポケットの中でしっかり握っている尚紀の手を引いて、そのまま遊園地の敷地内に入っていく。どうやらここは入場料というよりは、乗車券を購入して観覧車に乗るスタイルのよう。  廉に気遣われながら、コートの中で手をつないで、そのまま階段を上って廉が乗車券を購入した。チケットを一枚渡してくれて、そのまま乗船場へ。  幸い列はなくて、そのまま到着したゴンドラに流れるように乗った。  そのままの流れのままベンチに廉と向かい合わせに座る。扉ががちゃりと閉じられた。 「いってらっしゃいませ~」  係員に見送られ、ゴンドラがぐんぐんと上昇していく。   「すごい!」  尚紀は興奮して思わず声を上げる。外から見るとあまり動いているようには見えなかったゴンドラだが、実際に乗ってみるとすごいスピードで上昇し、窓の外の風景はどんどんと、大きく変わっていく。こんなの始めてだ。  尚紀が外の風景に夢中になっていると、横から廉の嬉しそうな声が聞こえてきた。 「ふふふ。尚紀はやっぱりこういうの好きなんだね」  そう言われて、この観覧車に乗るのが当初からの廉の計画だったことを察した。 「なんでわかるんですか」 「見晴らしが良いところが好きなのかな。それとも普段は見られない風景かな。初めてデートした六本木ヒルズもそんな感じの食いつき方だったから」  自分の好みがあっさりバレてしまうのは少し恥ずかしいが、これはきっと廉の観察力だろう。気がつけば、廉が尚紀をじっくりと観察している。 「……廉さん?」 「尚紀、こっちにおいで」  そう言って、自分の隣に尚紀を座らせる。  身体が密着して、彼の体温を感じるとともに、ドキドキする。 「ごらん」  廉が、ぐんぐんと風景が変わるゴンドラの窓の外を指す。  大きなビルとビルの合間。  綺麗な青空の下に、白いコントラストが映える。雪を被った、なだらかで堂々たる稜線は……。 「あ、富士山!」  尚紀の驚きに、廉が嬉しそうに頷いた。  建物の合間から見える富士山はすぐに隠れてしまったが、目を丸くして思わず廉を見る。 「すごい綺麗。貴重な一瞬ですね!」  廉は嬉しそうだ。 「尚紀なら喜んでくれると思ったよ」  廉が尚紀の手の上に、自分の手のひらを載せて言った。 「こんなところから見られるなんて得した気分」  廉はやっぱりいろいろ知っている。 「尚紀とまた富士山を見ることができて、幸せだ」  以前、六本木ヒルズの展望台から富士山を二人で眺めた。あの頃はまだ廉と一緒に歩く人生など畏れ多くて、全く考えていなかった。  一時の幸せに浸れればと思っていたのに。 「また、一緒に見られて、僕も幸せです」  自分の幸せはこの人とともにあると、今ならば思うのだ。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ ちなみに尚紀と廉が六本木ヒルズで富士山を眺めたのは10章(6)です。

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