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12章(14)
富士山は瞬く間にビルの隙間に消え、ゴンドラはさらに上昇していく。先ほど尚紀の手に重ねた廉のそれは、手のひら同士を重ねて、指を絡ませて握り合った。
暖かい手だなと尚紀は思う。
この人と、手を繋ぎ、並んで観覧車に乗ることができるなんて。尚紀はどこか夢見心地な気持ちになっていた。
「廉さん」
尚紀が横の廉を見上げる。
「今だから言えますが……、僕の初恋は廉さんでした」
そう告げて、尚紀は廉の肩に少し寄り掛かる。
「えっ! もしかして、中学生の時?」
廉は本当に驚いている様子で、尚紀から少し身を離した。尚紀は頷く。
「はい。中学校に入学したての僕にとって、廉さんはとてもカッコいい先輩でした。生徒会の仕事もバリバリこなして会長や先生にも頼りにされて。颯爽としていて。そんな先輩から優しくされたら、ドキドキしちゃいます」
尚紀はクスリと笑った。
中学校一年生の頃の自分を思い返すと、見据える将来はまだ光り輝いていたものだった。努力をすれば報われると思っていたし、家族の仲もさほどに険悪ではなかった。まだオメガだと判明していなかったからだ。
「……そうか。あの頃の尚紀は、……うん、可愛かったよ」
廉は頷いた。
「詰襟の制服に着せられているようなブカブカの制服も、はにかむように笑った笑顔も、少し俯くように横を歩く姿も……」
「よくそんなに覚えてましたね」
「俺は、尚紀と再会して思い出した」
廉の言葉に尚紀は嬉しくなって我慢できずに、うふふ、と笑みを浮かべた。尚紀はあの頃の廉の記憶に自分が残っていることが嬉しい。
「昔の僕に、言ってあげたいです。こんなに素敵な未来が待っているんだよって」
不意に廉が指を絡ませている手をぎゅっと握った。少し驚いて、尚紀は廉を見る。
「廉さん?」
突然の行為に尚紀は戸惑う。
廉は繋いだ尚紀の手の甲に、そっとキスを落とした。そして絡ませた指を解いて、手首と手のひらにも。
「れ、れんさん?!」
廉は少し目を閉じていた。
何かに耐えるように、少し苦しげに眉間に皺を寄せて。
どうしたのだろう。何か変なことを言ったかな、と尚紀は少し不安な気分に陥りかけたが、廉が再び目を開いて、尚紀と視線がかち合うと、不思議なことにいつもの彼だった。
「……うん。俺もそうだな。尚紀がいてくれて、俺の人生には彩りが生まれた。愛おしい人がいるということは、幸せなことなんだなって俺も初めて知ったよ」
アルファとして生きている廉に人生に彩りがなかったとは思えなかったが、本能が定める番が見つかるというのはそのくらい衝撃的なことなのかもしれない。
思えば、彼は突然尚紀のもとにやってきた。
あの、雪が舞い散るクリスマスイヴの日。
廉は、すでに野上とは顔見知りになっていた様子で、尚紀はどうしてこうなったという感じだった。
廉は、清華コスメティクスの広告を見て、自分を見つけたと言っていたが、そこからどうやってたどり着いたのか、いつか聞いてみたいなと思う。
尚紀の中で、自分を守る箍のようなものが、少しずつ外れている感覚があった。
颯真から、ペア・ボンド療法という可能性を聞いて、自分と廉の未来に少し光明が差してきたためだろう。
何かあった時に互いを守るために、廉から少し取っていた距離を、少しずつ取り払ってもいいのかなと、現金にも思ったのだ。
廉のことは愛しているし、番いたい相手。愛おしいアルファ。廉をもっと知りたいし、自分のことも少しでも知ってほしいと思うのは自然なことだと思う。
尚紀としてはこんなふうに廉と幸せであることを実感し合えるのが幸せなことだ。
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