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閑話・君への道は奇跡だった(廉視点)(1)

「今だから言えますが……、僕の初恋は廉さんでした」  富士山が望めるみなとみらいの観覧車の中。尚紀のその告白は、江上廉にとってあまりに予想外で、ただただ、衝撃でしかなかった。 「えっ! もしかして、中学生の時?」  あまりに驚いて、そのように反応したけれども、廉の目の前はクラクラとしていた。本音は胸が苦しくなるほどだった。  本当に自分は何を見ていたのだろうと思ったのだ。  たしかに尚紀との出会いは中学時代だった。当時三年生で生徒会の副会長職だった廉と、入学早々に学級委員になった尚紀の接点は多くて、後輩に懐かれているという自覚はあった。  だけど、好意を持たれているとは思わなかった。頼りになる憧れの先輩程度だろうと思っていたし、およそ恋心だとは思わなかったのだ。  それに、今のように本能を揺さぶられるような、どうしても手に入れたい特別な存在であることも気が付かなかった。まだアルファとしてフェロモンが安定する時期ではなかった。尚紀に至っては中学生になってすぐだし、オメガとしての自覚もなかっただろう。  そのように自分に言い訳してみるもののやはり違う。あの頃の自分は、あまりに無頓着で鈍感だった。  誠心医科大学病院への通院を終えて、尚紀と一緒にみなとみらいを少しデートして帰宅した。観覧車に乗って、散歩しつつショッピングを楽しんで、お茶を飲んで。  ずっと尚紀が隣を歩いてくれる、幸せな時間だった。  嬉しくて、少し連れ回してしまったかもしれない。尚紀は疲れたようで、帰宅してからリビングのソファーでうつらうつらしていた。今はベッドで安らかに眠っている。  今廉は、この愛おしい番の安らかな寝顔を見ながら、こんなふうに思案に耽っている。  ようやく気持ちを通わせることで手に入れた愛おしい番。  尚紀の存在を見つけてから、ここまでくるまで尚紀にはもちろん、周りに対しても多少は強引なことをした。確実に尚紀を手に入れたくて、必死だった。  ここまでこれたのは、奇跡が重なったから。  尚紀に出会えたのは奇跡。今、廉はそれに感謝している。  すべての始まりはビルの上の看板広告だった。  いつもと同じ時間、同じ角度から見える古びたビルの屋上に設置された大型の看板広告。  首都高を走るレクサスの後部座席から毎日見ている風景だったが、その看板広告が変わったことはすぐにわかった。十二月初旬の早朝のことだった。    印象的な視線を投げかける、男性モデルの広告だった。プールだろうか、水の中から今まさに出てきたようなショットで、髪を半分掻き上げ、こちらを見据えている。  朝日に浴びた、爽やかな風景のなかに見える広告なのに、その誘惑するようで好戦的な視線に魅了された。  そして、考えるより前に感じた。  彼が自分の番であると。   「江上?」  上司である社長に呼ばれて我に返った。 「あ、すみません。失礼しました。今日の予定ですが……」  今、自分は何を見たのだろうかと、廉は動揺していた。  あの時の感覚は、これまで経験したことがないものだった。  あの広告を、彼をもう一度見たい。  そう思った。  そうすれば、先ほどの感覚がなんだったのか、判断がつくだろうから。  これが、モデルのナオキの精華コスメディクスの広告をみた第一印象だった。

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