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閑話(2)

 出社してPCの電源を入れてすぐ、廉はいつものメールやチャットのチェックではなく、ブラウザを立ち上げた。  先ほど見た広告は、なんだったのだろう。  その答えを早く出したくて。あのモデルをもう一度見たくて、知りたくて。  検索をかけてみると案外あっさり判明した。広告にあった企業ロゴを検索すると、「精華コスメティクス」という大手化粧品会社が上がってきたのだ。アクセスすると、トップ画面に先ほど見かけたモデルがいた。  検索をかければ一発。そのモデルが「ナオキ」という、ここしばらくネットを中心に活躍している人気モデルであることが判明した。  その姿を見ると、改めてこの人物が自分の番であると実感する。なぜだろうか、会ったこともないのに、どこか懐かしくて、親しみと愛おしさが込み上げてくる。  廉はモニターを凝視する。  会ったこともないのに……? 廉はふと疑念を抱いた。本当に会ったことないのだろうか。 「ナオキ」とは?  そんなことを考えながら、「ナオキ」というモデルの素性を求めて、ネットの海を彷徨うことにした。  時間はすっかり忘れていた。  気がつけばあっという間にすぎていて……。   「室長、おはようございます」  次に気がついた時には、部下たちが出社する時刻になっていた。あまりに夢中でネットを漁っていた自分に気がつく。一緒に出社した社長さえ放置していたみたいだ。  全く仕事にならない朝の時間だった。  それでも、ナオキの情報は業務の合間の隙間時間に着々と収集した。ファンのSNSやブログを探り、過去まで遡ってさらうように読んだ。  さまざまなナオキのショットやこれまでの活動履歴を知ることができて、その日の昼休みが終わる頃には、にわかファンが出来上がるほど。  デビューは六年ほど前の雑誌掲載。大手の雑誌のグラビアを無名の新人が飾るという、かなり鮮烈なものだったらしい。しかし狙い通りなのかネットを中心に話題になり、その雑誌は大きく売り上げが跳ねたとのこと。  ナオキのデビューはセンセーショナルだったが、デビューに至る経緯も珍しいものだったという。大手モデルスクールが開催する特別レッスン生に選抜され、各事務所の若手エースが揃う中、トップの成績で修了したという。  そんな華々しい経歴がありながらも、ナオキはデビュー後数年はネットで地道に活動を続けていた。ネットの露出は増えていき、モデルとしての評判はとても良い様子だった。  そんな彼に転機が訪れたのはおよそ一年半ほど前。  あの精華コスメティクスの広告に抜擢されたことがきっかけだ。ヘアケアブランドのイメージモデルを彼にしてから大幅に売り上げが伸びたという。製品とモデルのイメージがかなりぴったりハマったようだ。  これが現在は、名実ともにナオキの代表作となっている。  今の時点でわかっているのは、廉が「番だ」と本能で察した巨大広告に写っていた人物は、「ナオキ」という名前でおよそ六年前からネットを中心に活動しているメンズモデル。  年齢は二十五歳。  所属事務所はオフィスニュー。  わりと気軽に電車などで移動しているらしく、時折ファンの目撃情報があった。主に駅や電車の中、そして出没地域は事務所がある渋谷区のほか、横浜市内やみなとみらいも複数あった。  横浜に住んでいるのだろうか、と廉は考えた。  ナオキは本名を公表していない様子で、彼の本名はおろかプライベートも徹底的に隠されていた。    一日かけて廉はナオキに関する情報を丁寧に収集した。彼のショットをいくつも落として、それを見るたびに、自分の番であるという確信を強くする。早く会いたいと気持ちばかりが逸る。  廉は、自分がこのような気持ちになっていることに少し不思議だったが、アルファとは案外単純なのだと実感する。  しかし、いきなり事務所に連絡しても、相手だって簡単に会わせてはくれないだろう。危険なファンだと判断されてしまうかもしれない。番などといっても信用してもらえるとも思えない。  慎重に事を進める必要があると感じる。  最短でナオキにたどり着くために必要なのは、情報とコネだと廉は感じる。  可能な限りのナオキの情報を集め、成功率が高い攻略方法を探り、そしてツテを伝ってたどり着く。  そのためにまず必要なのはナオキの情報だ。  なのに、ナオキがモデルになる前の経歴やそのほかのプロフィール、現住所はもちろん、本名も廉から手が届く範囲では見つからなかった。  情報は隠されている。  ナオキ、どうすれば君まで辿り着けるのか。

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