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閑話(7)

「こちらこそ、先日は突然ご連絡をしてしまい、大変失礼しました」  廉は父親は穏便に話ができる人物だと判断した。順序立てて話すことにする。とはいえ、いきなり自分の番だと思うから息子に連絡を取りたいなどとは言えない。  尚紀との関係性を問われる。 「私は、尚紀さんが中学生の時に、生徒会で一緒だった者です。二学年上でして、現在は森生メディカルという製薬会社に勤めております」 「森生メディカル……大手ですね」 「はあ。それで、かつての生徒会で今度同窓会を開くことになりまして、関係のあったメンバーに声をかけているのです。尚紀さんがご在宅でしたら、取り繋いでいただきたくて、先日ご連絡したのですが……」  尚紀の父親は事情を把握して頷いた様子。 「なるほど。しかし、すでに江上さんはお察しだと思いますが、尚紀はこちらにはおりません」 「……ですよね。でしたら、ご連絡先を教えていただけると助かるのですが」 「連絡先も知りませんね。私たちは尚紀と十年ほど連絡をとっていないのです」 「十年ですか……」  結構な期間だなと思う。十年前……まだ尚紀は高校生ではないか。 「尚紀は高校は中退しています。番ができた、と連絡があったので、そのまま。学校は中退させました」  先日、母親が、ヤクザと番になったと言っていたが、それか……。  なんと高校生の時だったのかと思う。 「それでは、その番の方のご連絡先は……」 「知りません」 「え」  尚紀の父親のあっさりとした言葉に、廉は思わず言葉を失う。   「妻が相手はヤクザと言ったと思いますが、連絡方法は頻繁に変えているようで、ほどなくして繋がらなくなりました。  尚紀も同様です。激昂した妻がひどいメールを送ってしまったので……連絡を取りにくいまま……途絶えてしまいました」  なんてことだ。  廉は、気を落ち着けるために、ひそかに深呼吸を数回繰り返す……。 「それでは、今尚紀さんに連絡する手段は……」 「こちらとしてはありません」  実家であれば連絡はつくと思っていたのだが、相当に甘かった。  この落胆は大きい。 「なぜそこまで……」  思わず廉は漏らす。ヤクザの番になり実家を出たことはそこまで責められることなのか。 「ただ、番の名前は……、たしか夏木真也と」  思わず廉は目を見開く。番の名前は大きな手がかりだ。 「夏木真也……!」  その名前を心に刻む。 「現在の連絡先はわからないということですが、名前が分かれば……」  そう言ってから、廉はあることに気がついて、言葉を失った。  きっと、この父親は、調べなかったのだろう。 「ひどい父親です」  そう言った。廉は、反応しなかった。 「息子を助けることもできなかった」 「助けようと思えばできたんですよね」  あまりの事実に、少し詰めたような声を発してしまう。  それをしなかった。親として、未成年を保護する義務を怠った。放置した。  そうとしか思えなかった。 「仕方がないでしょう。ヤクザの番になってしまっては……」  ぽつんと父親が言った。  彼らは法曹界に身を置いている。反社会勢力との関係は許されない。  理由はそれかと廉は察した。  「発情期に番に引き離されれば、オメガには辛い」  そんなふうに言われても、おそらくは番契約を結んだ相手が問題だったのだ。    廉は、なんとも言えない気分のまま、通話を終了させたのだった。

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