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閑話(8)

 廉は、少しずつ見えてきた尚紀の過酷な家庭環境に思いを馳せる。  制服を着ていたあの頃、自分の隣で笑っていた尚紀は、家でどのような扱いを受けていたのか。どのような思いで、弁護士になりたいと言っていたのか。  あの父親とは会話は成り立つが、分かり合えることはないと思った。  だが、番とされる人物の名前が判明したのは大きな収穫だったと思うことにする。  廉はそのまま、かつてのバイト仲間に連絡を取った。尚紀の父親から得た、彼の番とされる人物の名前をそのまま流そうと思った。  すると、友人はすでにキャッチしていた情報のようで、廉にさらなる驚きの情報を伝えてきたのだ。 「え、亡くなってる?」 「ああ、一年半くらい前、路上で刺されたらしい。犯人はまだ捕まっていないが、組織同士のトラブルだったとも言われているみたいだ」  廉はそのニュースを送ってもらう。たしかに亡くなった被害者の名前は「夏木真也」とあった。職業は不動産投資会社社長とあり、死因は刺されたことが原因による出血多量によるショックとされている。  現場は神奈川県横浜市の繁華街。今から一年半近く前の七月の夜のことだった。  少し詳しいニュースサイトによると、被害者は反社会組織の関連会社を経営しており、組織同士のトラブルの線で捜査が進められているとのこと。ただ、その報道を辿ってみたが、彼が言うようにその後の報道はなく、犯人も捕まっていないようだ。  尚紀……。  廉は尚紀を思って深い深いため息をついた。      尚紀に番がいたことに驚いたが、亡くなっていたことにも驚いている。  オメガは番を喪うと、その番契約は解消され、解放されると言われている。項に付けられた噛み跡も消えるらしい。であるならば、今の尚紀は夏木との番関係はリセットされているはず。だから廉は尚紀のことを自分の番であると感じ取ったのだろう。  番の存在を知ってから、いろいろな写真を見たが、項の噛み跡は確認できなかった。番が亡くなって、噛み跡は消えたのだろうと思うが……。  だが、このあたりの話は門外漢なので、あとで専門家に確認しようと思う。    今、尚紀はどうしているのだろう。  尚紀は、番を喪うという、オメガにとっては半身を喪うとも言われる経験をしたのだ。  考えればすぐに瞼の裏に映るほど、見つめすぎて覚えてしまった今の尚紀の容貌。あの凛々しい眼差しは、番という最愛の番を亡くした後に、カメラに向けられたものなのか。  事件以降もモデルの仕事は続けているという。  もどかしい。  すぐさま尚紀に会いたい。番にしたい。  今、居場所が分かれば、何を捨てても構わない。すぐに駆けつけるのに。  廉はそれから数日間、歯痒い思いで過ごした。友人からの連絡を待つしかなかった。持てる手段は尽きかけていた。  事態が変わったのは、それから数日後。待ちに待ったその友人からの連絡だった。

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