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余話(11)

 廉も会釈する。 「お忙しいところお時間をいただきありがとうございます」  そのように挨拶すると、少し意外そうな表情を浮かべたあと、綺麗な顔を廉に向けた。にっこりよそ行きの表情と分かる。  友人からの情報で、かなりのやり手社長で、一筋縄ではいかなそうだというアドバイスを思い出す。  廉は、野上が懇意にしているコンサルタントの名前を出す。友人からの伝でこの会談に渡りをつけてくれた人物だ。自身もアルファで廉の事情に同情し、協力してくれたという話。    廉は、人の善意や縁、繋がりで尚紀までの道のりを辿っているような気がしている。  決して自分の人脈と努力だけでは辿り着けないのだろう。タイミングや偶然にも恵まれ、神の采配のようにも思える。 「どうぞお掛けになって」  野上に勧められて、ソファーに腰掛ける。彼女も廉の正面に腰を下ろした。膝下のタイトスカートから伸びるスラリとした脚を綺麗に揃える。  背筋が伸びて、凛とした表情。いちいちの所作が美しい人物で、生き方が見えると廉は感じる。  しかし、野上は、一見穏やかそうな表情で、しかし鋭い視線をもって廉を見た。 「ナオキの番……というお話を伺っているのだけど」  いきなり核心が来た。おおよその事情は伝わっているのだと思う。廉は頷く。 「はい」 「でも、ナオキに番はいるのよね……」  ご存知? という野上の言葉を、廉はやんわりと受け止める。 「知っています」 「なら、なぜ番などと? 普通なら相手にしないわ」  かなりストレートにものを言うタイプか。それとも、懇意の人物に会ってくれと頼まれた手前、形式的に会ってもらっているためか。  手短に、直接的に行った方がいいかもしれないと思った。 「ですが、その番の方、もう亡くなっていますよね」  廉の直球に、野上は表情を変えた。 「ああ、なるほどね」  だからやってきたってことね、と頷いた。  廉から見れば、あくまでナオキに辿り着く過程で知り得た事実で、「だから来た」わけではないのだが……。 「公にしていませんよね。なかなか出てこない情報で驚きました」  そうね、と野上は頷く。  番がいることは、ファンの話からも拾えて、半ば公然の情報として扱われている。しかし、ナオキについては、相手の番の詳細はもちろん、彼自身のプライベートも明らかになっていない。いろいろ手を尽くしたが、分からないのだ。 「この調べればすぐにネットで出てくる時代で、かなり徹底されているなとか感じました」  廉は野上を見据える。それが戦略であるとは承知している。徹底されすぎていて、毎朝車窓越しにナオキの顔を見るのに、ナオキに辿り着けない歯痒さを、廉は味わっている。 「学生時代、私には尚紀という後輩がいました。ナオキというモデルを見て、自分の番だと確信を得たと同時に、学生時代の記憶から、彼が『尚紀』だと、確信に近いものがありました。  そこで学生時代の後輩に調べてもらい、尚紀の両親に連絡をとり、そして伝を辿ってここまで……。いま野上社長にお会いできています」  廉の言葉に、彼女は少し驚いたような表情を見せた。 「後輩の名前は西尚紀。ナオキの本名ではありませんか? 夏木真也という番がいることは彼の父親から教えてもらいました。しかし残念ながら、現在は尚紀と連絡がつかないそうです」  廉は野上を見据える。 「ナオキに会いたいです。彼の連絡先を教えてもらえませんか」    廉の本音だった。誠意を込めて、野上に懇願していた。

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