182 / 189
閑話(12)
ナオキに会いたいという廉の懇願に、野上は少し考えている様子。
わずかに、沈黙が舞い降りた。
「そうね。ナオキと会いたいというのであれば、まずは事務所で。私とマネージャーの立ち会いのもとならば」
野上の言葉に廉は目を見開き驚く。正直、尚紀に会えるのであれば、どこでもいいし、誰がいても問題はない。
貴方が本当にナオキの番なのか、ナオキも貴方のことを本当にそう思うのか、私たちで見極めさせてもらうわ。
「ナオキはうちの事務所の大切な商品だもの。傷にされたら困るし」
この事務所にとって、ナオキは稼ぎ頭なのだろう。その言い分は尤もだと思ったので、廉はもちろんです、と頷いた。
「そこから交流を発展させるのあれば、お互い大人だし問題はないわ」
ただ、今ナオキは多忙なので、少し落ち着いたら連絡をすると言った。それまでは下手に動くなと言い含められた気がした。
廉は感謝の気持ちで頷く。
「承知しました。連絡をお待ちしています」
廉は野上を見つめる。貴方を信頼しているからこそ、待つのだ、という意味をこめた。野上はそれを意思をもって見つめ返してきたので、意図は伝わったと判断する。
「ただ、その前に貴方に言っておかねばならないことがあるわ……」
野上は、一転して難しそうな表情を浮かべた。
「なんでしょう」
「ナオキの項には番の噛み跡が残ったままよ」
そう言われて、一瞬頭が真っ白になった。
最初に何を言われたのか、理解できなかったほどに。
「だから、貴方がナオキに想っていること、願っていることがナオキには伝わらないかもしれない。それを最初から承知していてくださる?」
野上の言葉は、言葉として廉の耳にも届いた。しかし、廉はそれどころではない。
尚紀の項から、番の噛み跡が消えていないなど、可能性として全く考えていなかった。
確かに、颯真の話からそのようなケースもあると聞いた。だけど、自分の感覚を優先させてしまっていた。
自分が尚紀を番として認識しているのだから、彼の項の跡は消えているものだと思い込んでいた。
「……それは……正直想定外でした」
廉はかろうじてそのように反応する。
番を失ってなお項に跡が残った場合、どんな経過を辿るんだっけ、と颯真の言葉を思い出そうとした。引き摺り出される冷たい言葉。
「番とは一蓮托生」
「経過は千差万別。正直、予後は良くない」
颯真の言葉が脳裏によみがえる。
「彼は……ナオキは、跡が残っていても元気なんですか」
廉は思わず身を乗り出す。
「仕事ができているということは、元気であるということですよね」
畳み掛ける廉の反応に、野上はほんの少し視線を震わせたが、廉はそれを見逃さない。
「なにかあったのですか」
「いえ。元気よ」
ただ、と野上は告げる。
「跡が消えていないだけ」
野上が廉を見上げた。
その言葉は事実だと、廉は思った。
なんてことだ。まさか、そんなことになっているとは。
おそらくここまで人気が出ても、番関係に言及がないのは、ナオキの項から跡が消えていないからなのだ。
消えていれば、過去のこととして番がいた事実を公表すれば良い。だけど、跡が残っているから、番がいたことも、失ったことも公にできない。それは弱みに繋がる。
廉はたまたま項の噛み跡を確認できなかったから、てっきり番関係は消滅していると思っていた。
はあ、と吐息を漏らし、再びソファに腰を下ろす。
「しまった……。楽観的に考えすぎていたな」
颯真の、専門家によれば番を失ってなお、噛み跡が残るオメガは、最悪生命に影響がある。
「なるべく早く、会わせてください。元気な姿を確認したいんです」
そして、もし何か問題があれば、すぐに颯真に相談しようと廉は密かに決めた。
ともだちにシェアしよう!