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閑話(12)

 ナオキに会いたいという廉の懇願に、野上は少し考えている様子。  わずかに、沈黙が舞い降りた。 「そうね。ナオキと会いたいというのであれば、まずは事務所で。私とマネージャーの立ち会いのもとならば」  野上の言葉に廉は目を見開き驚く。正直、尚紀に会えるのであれば、どこでもいいし、誰がいても問題はない。  貴方が本当にナオキの番なのか、ナオキも貴方のことを本当にそう思うのか、私たちで見極めさせてもらうわ。 「ナオキはうちの事務所の大切な商品だもの。傷にされたら困るし」  この事務所にとって、ナオキは稼ぎ頭なのだろう。その言い分は尤もだと思ったので、廉はもちろんです、と頷いた。 「そこから交流を発展させるのあれば、お互い大人だし問題はないわ」  ただ、今ナオキは多忙なので、少し落ち着いたら連絡をすると言った。それまでは下手に動くなと言い含められた気がした。  廉は感謝の気持ちで頷く。 「承知しました。連絡をお待ちしています」  廉は野上を見つめる。貴方を信頼しているからこそ、待つのだ、という意味をこめた。野上はそれを意思をもって見つめ返してきたので、意図は伝わったと判断する。 「ただ、その前に貴方に言っておかねばならないことがあるわ……」  野上は、一転して難しそうな表情を浮かべた。 「なんでしょう」 「ナオキの項には番の噛み跡が残ったままよ」  そう言われて、一瞬頭が真っ白になった。  最初に何を言われたのか、理解できなかったほどに。 「だから、貴方がナオキに想っていること、願っていることがナオキには伝わらないかもしれない。それを最初から承知していてくださる?」  野上の言葉は、言葉として廉の耳にも届いた。しかし、廉はそれどころではない。  尚紀の項から、番の噛み跡が消えていないなど、可能性として全く考えていなかった。  確かに、颯真の話からそのようなケースもあると聞いた。だけど、自分の感覚を優先させてしまっていた。  自分が尚紀を番として認識しているのだから、彼の項の跡は消えているものだと思い込んでいた。 「……それは……正直想定外でした」  廉はかろうじてそのように反応する。  番を失ってなお項に跡が残った場合、どんな経過を辿るんだっけ、と颯真の言葉を思い出そうとした。引き摺り出される冷たい言葉。 「番とは一蓮托生」 「経過は千差万別。正直、予後は良くない」  颯真の言葉が脳裏によみがえる。 「彼は……ナオキは、跡が残っていても元気なんですか」  廉は思わず身を乗り出す。 「仕事ができているということは、元気であるということですよね」  畳み掛ける廉の反応に、野上はほんの少し視線を震わせたが、廉はそれを見逃さない。 「なにかあったのですか」 「いえ。元気よ」  ただ、と野上は告げる。 「跡が消えていないだけ」  野上が廉を見上げた。  その言葉は事実だと、廉は思った。  なんてことだ。まさか、そんなことになっているとは。  おそらくここまで人気が出ても、番関係に言及がないのは、ナオキの項から跡が消えていないからなのだ。  消えていれば、過去のこととして番がいた事実を公表すれば良い。だけど、跡が残っているから、番がいたことも、失ったことも公にできない。それは弱みに繋がる。   廉はたまたま項の噛み跡を確認できなかったから、てっきり番関係は消滅していると思っていた。  はあ、と吐息を漏らし、再びソファに腰を下ろす。 「しまった……。楽観的に考えすぎていたな」  颯真の、専門家によれば番を失ってなお、噛み跡が残るオメガは、最悪生命に影響がある。 「なるべく早く、会わせてください。元気な姿を確認したいんです」  そして、もし何か問題があれば、すぐに颯真に相談しようと廉は密かに決めた。

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