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閑話(13)

 野上は、廉の様子を見て何かを悟ったのか、なるべくはやくスケジュールを調整するわ、と言った。  事は深刻であるというのが、なんとなく理解したのだろう。廉だって、番を失ってもなお噛み跡が消えないオメガのその後の話を颯真から聞いていなければ、ここまでの危機感を覚えることはなかった。感覚に頼りきって尚紀は大丈夫と思っていた。手を伸ばせば、掴める距離まできて、悠長に構えていたのかもしれない。  廉は、深く頭を下げた。 「ぜひ、よろしくお願いします」  野上は廉をしばらく見ていたが、そこで口を開いた。 「あなたはどうして、事務所にアクセスしてきたのかしら」  野上は廉の行動に興味を抱いた様子。廉は少し自重的な笑みを浮かべるしかない。 「第一に事務所側のガードが固いので、プライベートの連絡先まで辿り着くにはかなり時間がかかりそうであったことと……」  野上は興味深そうに廉を見た。 「あとは、私が正攻法で行こうと思ったからです。尚紀と再会して、いずれ番うという話になれば、事務所の理解だって必要になる。ならば、最初から事務所に話を通しておくべきだと考えたまでです」 「なるほどね」  どうやら廉の返事は満足がいくものであったようで、彼女は何度か頷いた。 「私からも伺っていいですか」  廉が切り返す。野上の態度は割と柔和なものになっていた。 「どうぞ」 「尚紀はどういう経緯で、貴女のところでモデルをすることになったのですか」  彼は昔、弁護士になりたいと言っていたはずだと、廉は思った。廉の記憶にある尚紀はおとなしくて、奥ゆかしい性格であったように思う。  しかし、今の尚紀を見ると、ずいぶん変わった印象を受けるのだ。  野上は少し考えて、視線を逸らした。遠くを見るような視線……。 「尚紀を連れてきたのは彼の番よ。人前に出る仕事ができると思ったそうよ。でも、わたしもまさかあそこまで成長するとは思わなかったわ。番の見立ては正しかったということよね」  きっかけは番か。たしか、夏木真也と言ったか。 「貴女は尚紀の番とお知り合いだったんですよね」 「そうね」 「どんな方だったんですか」 「もういない人間の話をして、どうするのかしら」  意外にも野上は廉の質問には答えなかった。 「ナオキの番のことを知りたいというのはおかしいでしょうか」  廉の言葉に、野上はここだけにしておきなさいと諌める。 「変な好奇心は時に身を滅ぼすわよ」  そして、そうね……と呟いた。 「貴方とナオキを会わせるには、事務所で私とマネージャーの立ち合いのもと、と言ったけど、追加でいくつか条件をつけるわ」  野上は考えている様子で、綺麗な指を口許に当てる。 「一つ目。ナオキが貴方のことを分からなかった場合、それで終わりにしてね。あの子を困らせないで。  二つ目。尚紀があなたを番と認識しなかった……そこまではいわないわ。尚紀があなたに興味を示さなかった場合も終わり。その後、見かけたら潰すわよ」  いちいちの言葉が怖い。 「三つ目」  野上は、廉の目を見据えた。 「尚紀の過去は彼が言い出すまで聞かないこと。あの子を悪戯に乱さないで」

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