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閑話(15)
高校時代に尚紀と、アルファとオメガとして出会うことができなかった後悔は、ナオキが中学・高校時代の後輩であった事実を突き止めたあたりからずっと、胸の中にある。
もし、あのときに気づいていれば、家族内で孤立していた尚紀に寄り添うこともできただろうし、当然他のアルファ、いや夏木真也に尚紀を掻っ攫われることもなかった。
……今更考えてもどうにも変えられないと分かっているのだが、それでも考えてしまう。とはいえ、これを突き詰めて考えていくと、感情に支配され怒りと後悔で我を忘れてしまいそうで怖い。
そもそもすべて自分の責任だ。なのに、どうにかならなかったのかと他者に求めてしまいそうで。自分をコントロールできる自信がない。
廉は、無理矢理開こうとする過去の後悔の扉を首を左右に振って意識的に閉じた。
野上から連絡が入ったのは、それから数日後。クリスマスイブ前日の夜のことだった。
明日の午後、尚紀のスケジュールを空けたので、指定する時間に事務所に来てほしいとのこと。廉は考えることなく承諾した。
事務所は渋谷にあり、平日であるため半休を取得することにした。
外出時は常に同行している社長も、明日は社内でのミーティングの予定が立て込んでいて、外出予定はない。適当に理由をつければ休むことはできるし、事情を話す必要もないのが幸いだ。
翌日。
クリスマスイブは、朝から低く暗い雲が垂れ込めていて気温が下がり、かなり空気が冷えていた。横浜では先ほど雪が降ったというニュースが、渋谷駅前のスクランブル交差点の巨大モニターで流れていた。
こちらも、雨が降れば雪に変わりそう。
廉は交差点を渡り、道玄坂の人ごみを縫うように登っていく。平日だがクリスマスイブのため、かなりの人出だ。
オフィスニューのオフィスは、道玄坂を少し登ったところにある雑居ビルに入っていた。
実際に訪ねてみると、思ったよりもコンパクトな印象。別階にレッスン場があるらしいが、オフィスと簡易的な社長室、いくつかのミーティングルームと会議室があるのみだった。
「あら、ごきげんよう」
野上が迎えてくれた。先日会った時と同様、シンプルなスーツ姿だがどこか隙がない。
「こんにちは。ご連絡ありがとうございます」
廉の挨拶に、野上は頷く。
「ナオキは先ほど横浜を出たという話よ。少し待っていてくださる?」
スタッフがお茶を出してくれたので、野上と二人、社長室のソファに腰掛けた。
横浜を出た、ということは、やはり今は横浜に住んでいるのだろうか。……そんなことを考えたが、野上を見て考えることを止めた。この人物相手に余計な詮索はしないほうがいい。
後で、尚紀に直接聞いてもいいのだから。
「あなたはどう思っているの?」
野上の突然の問いかけに廉は意識を向ける。
「何をでしょう」
「どうして、尚紀はあなたという番がいながら、他のアルファの番となったのかしら?」
どうして、夏木真也に掻っ攫われたのだろうか。
気づけば、野上の視線が廉を射抜いている。
「……」
廉は緊張した。本音は晒せない。
「……わかりません。ただ、あの精華コスメティクスの写真を観ただけで、私は彼が自分の番であると直感しましたし、それは今でも変わりません。
きっと彼もそうだと、いまは祈るだけです」
しばらくして、社長室の外がわずかに騒がしくなった。
「あら、来たかしら」
野上が立ち上がる。廉もついそれに従った。
「失礼します」
女性の声。
「ナオキを連れてきました」
入ってきたのはブラックカラーのワンピース姿の中年の女性。ナオキのマネージャーだろう。続けて入ってきたのが……。
尚紀だった。
少し痩せたか。ブラックカラーのスーツに、黒いネクタイを締めているのが気になった。少し目の周りが赤みを帯びていて……泣いたのだろうか。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
俺の番だ、と明確に思った。
尚紀は、どうだろう。
彼は、廉の姿を認めてすぐに表情が変わった。驚いている表情。
目の前の自分が、尚紀にとってなんでもない相手ではないのだろうということは理解した。
せめて、番であるということに気がついてほしいが……。
尚紀の口が開く。
「こうがみ……せんぱい」
そして、尚紀の口から中学時代の呼び名が漏れた。
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