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閑話(21)
尚紀の最初の言葉は謝罪だった。
「……ご連絡が遅くなり、申し訳ありませんでした……」
恐縮している様子がわかる。
尚紀が連絡をくれただけで、希望が繋がった気がした。廉は首を横に振る。
「いや、こちらが勝手に押しかけて、大騒ぎをしたのだから、呆れられてしまったのかと思って心配した」
それは思わず漏れた本音。それに対して、尚紀がそんなことをはないと否定してくれて、どこか安堵した。続いて久々にお会いできて嬉しかったとも。
その一言で廉はとても幸せな気分になる。尚紀の反応に一喜一憂している自分を自覚していた。番のオメガとは、アルファにとってそれほどにかけがえのない存在であり、彼に選ばれることこそが自分自身にとって重要事項であると、今更ながらに思う。
そんな存在を知ってしまったからには、なかったことになどできない。
「俺もようやく実物のナオキに会えて嬉しかった」
廉は思い出の中の中学生の西尚紀ではなく、モデルのナオキでもない、番の西尚紀と会えた。こんなに嬉しいことはない。
すると、尚紀は少しためらったように聞いてくる。
「江上先輩は……どこかで僕をご覧になられたんですか」
「今大々的にやっているヘアケア製品の広告を見たよ」
あの冬の日の朝がすべての始まり。本来であればとっくに始まっているべき関係性だったが、それでもここで気づけてよかったと心から思う。奇跡のような巡り合わせだった。
あの広告の尚紀は、廉のお気に入りのショットの一つだ。待ち受けにすると誰かに見られそうで嫌なので、いつでも眺められる場所に保存してある。すぐに、秒で会いに行けるように。
尚紀との縁を引き合わせてくれた一枚。もう見ずとも自然と表情が脳裏に浮かぶ。
「とてもいい顔をしていた。目の光が印象的で、俺は胸を掴まれたような気分になったよ」
心からの感想を述べると、向こうの空気が少し軽くなった感じがした。自分の感想で尚紀が喜んでくれるのは嬉しい。
「まさか学生時代の後輩がモデルをしているとは思いもよらなかった」
尚紀も頷いた様子。
「多分、あの学校ではオメガも少なかったと思いますし」
「……どうして、俺はあの時に尚紀を見つけることができなかったんだろうと、痛切に後悔しているよ」
廉の人生において最大の後悔だ。尚紀に懺悔しても仕方がないのに、それを言ってしまうのは自分の弱さでもある。そんな廉の空気を尚紀も察したか。
「あの、そのことなのですけど。
……僕はあなたの番にはなれません。本当に申し訳ありません」
尚紀があらかじめそのように言ってくるのは理解できる。だって、最愛の番のアルファを亡くして、項に跡まで残っているのだから。死してなお、尚紀の身体も心も縛り付けているアルファ。失っても愛おしい人なのだろう……。
早速失恋か、という自嘲的な考えも過ぎったが、二人のスタートはここからなのだ。
廉は切り替える。
忘れられない番がいる相手をどう振り向かせるか。少しずつ彼の懐に入り込み、思い出を共有していくこと。
尚紀の悲しみにじっくり寄り添うことは、廉の心情的には難しいけれども、新しい思い出を作り、もう亡いアルファを過去の物にしたい。まずはそこだ。
それは自分の試練だ。
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