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閑話(22)

「それは困ったね」  廉は努めてそう軽く言った。傍目からは早くも失恋したようなものだが、自分たちの間には番の絆がある。大丈夫だと思った。 「俺はもう尚紀を生涯の番だと認識してしまっているんだ。どうして番になれないのか、理由を教えてくれる?」  尚紀が戸惑っているのが廉にも分かった。おそらくこんな無茶苦茶を言い出すアルファなどいないだろう。 「僕にはすでに番いがいますから……」 「亡くなったと聞いたよ」  すかさず現実を突きつける自分を冷たいと廉は感じる。だけど、こちらも必死なのだ。  尚紀、番の存在を聞いたのは君の実の父親からだ……廉はそう思う。いろいろな伝を辿って、ここまでやってきたのだ。  番は亡くなったのだから切り替えろ、なんてことは言えない。尚紀の気持ちには寄り添いたいが、それでも心の狭い自分が邪魔をする。   「……本当に、辛い思いをしたね」  廉の精一杯の言葉に、尚紀はいえ……と答えて少しためらいを見せた。 「僕の番は確かに亡くなったのですが、それでも僕にはまだ項に跡が残ったままで。だから……」  尚紀の言葉は最後に萎んだ。まだ番に気持ちが残っている様子を見せつけられているようで廉も辛いが、跡も残っていれば仕方がないだろう。  廉自身は尚紀と連絡が取れて浮かれていたが、尚紀にとってはいきなりのことで気持ちの整理はまだついていないのかもしれない。  それに、決定的な拒絶の言葉をそう何度も聞きたくはない。 「そうなのか、そんなことに……。体調は大丈夫?」  廉は話題を逸らした。彼の体調のことは気になっていた。先日再会した時は、かなりやつれていた。体調が優れなかったのかと心配だったこともある。  廉の問いかけに尚紀は遠慮がちに答える。 「…… ありがとうございます。多分、僕はまだ恵まれている方なのだと思います」  尚紀は気丈にそう答える。廉は思わず言葉を重ねる。 「そんな強がるものではないよ。辛いことを人と比べることなんてしなくていい。辛い時は辛いんだから」  しんどいといってくれれば……。これからすぐにでも会いに行くのに。尚紀に寄り添ってやれるのに。  だけど、尚紀からはそんな言葉は聞けない。 「ありがとうございます。本当に江上先輩はお優しいですね」  優しい、なんて……。 「俺は優しくはないよ」  番がいると言っているにもかかわらず、強引に君につけ入ろうとしている。 「そんなことないです」  いや、自分はずるい人間だと廉は改めて思う。尚紀の言葉に、廉は便乗した。尚紀と会えるならば、どうしたっていい。 「ならば、そんな俺の優しさに免じて、一度会ってくれないかな」

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