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閑話(26)

 それから数日して、尚紀から遠慮がちにメッセージアプリに連絡があった。通話を試みた履歴が残っていたためだろう、通話に応じられなかった謝罪と、ずっと寝ていてスマホの電源が切れてしまったと理由が添えられていた。 「気にしなくていいよ。体調が良くないのに連絡してごめんね。びっくりしてしまって」  そう気遣う返信をしてから、今の体調について聞いてみる。尚紀の不調が発情期であったということは庄司から聞いているので、先走らないように気持ちを落ち着かせて、極力彼が話しやすい質問を打ち込んだ。 「体調はどう?」 「起きられるようになった?」 「ご飯は食べられている?」  疑問形で返信して、会話のキャッチボールにつながるように。  すると尚紀はきちんと返信をくれる。  疑問形で返信すると、律儀に返事をくれるのだ。性格が表れているなと廉は思った。そういうところまでとても可愛い。 「もう大丈夫です。ちょっと拗らせてしまったので、少し時間がかかったのですが、今日は仕事もできましたし、大丈夫です!」  尚紀の元気な声が脳裏で蘇るような返信だが、廉は庄司からすべて聞いていた。発情期はさほど長引くことはなかったが、体力の消耗が激しく、体調を整えることに専念している。仕事はじめが間近に迫っていると。  おそらく自分への連絡はそれが滞りなく終わった後だろうと思っていたので、焦ることなく待つことができた。    ドタキャンをしたことを尚紀自身も気にしているようで、先日の埋め合わせをさせてくださいと言った。本当に生真面目で可愛い。 「そんなに気に病む必要はないけど、尚紀とは会いたいから仕切り直しをしたい」  そう率直に言う。尚紀はぜひ、と言ってくれた。嬉しい。  尚紀が前向きになれば、話はトントン進む。翌週の成人式の祝日に早速会うことになった。場所はどうしましょうという尚紀に、廉は六本木ヒルズを提案した。  港区在住であるということは庄司から聞いていたので、身体の負担にならない範囲で軽く歩いたりお茶ができるような、適度な場所がいいといろいろ調べていたのだ。  廉自身は、仕事で立ち寄る程度でよくは知らない場所だが、調べてみると展望台や美術館もあったりして、屋内であることもあって、天候も気にせずに楽しめそうだった。  すると尚紀もいいですね、と乗ってくれて、とたんに楽しみになってきた。 「江上先輩!」  当日、尚紀とは展望台の入り口で待ち合わせをした。意外なことに尚紀が先に来ていて、廉を迎えてくれる。  小走りで尚紀に近づくと、彼は笑顔で迎えてくれた。その表情は心からのもののように思えて、廉は嬉しくなる。 「待たせた?」  そう問いかける廉に、尚紀は首を横に振る。ショート丈のピーコートの中は、ケーブル編みの白いタートルネックのニットにスリムシルエットの黒いパンツ姿。シンプルで清潔感があって、尚紀にとても似合っている。さすがセンスがいいな、と廉は思う。  可愛いとも率直に思うのだが、口にするのは止めた。男性のオメガだと「可愛い」というのが褒め言葉になるのかは人による。廉の上司の潤などは微妙な表情を浮かべるタイプだ。  展望台のチケットを買って尚紀に手渡し、上層階へのエレベーターに向かう。同じエレベーターに乗り込んだ女性二人が、尚紀の姿をちらちらと横目で見ていた。  エレベーターを降りると、やはりすれ違った女性の一人が、尚紀の姿を認めて横を歩く友人に何かを話しかけているのが目に止まった。  尚紀自身は全く気がついていない様子だった。

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