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閑話(27)
エレベーターを降りたそのまま、人の波に乗って展望室に入ると、東京の街並みを見下ろせる大きなパノラマが広がった。
「……わぁ」
意外にも尚紀が感嘆の声を挙げた。
吸い寄せられるように窓際に行くと、目をキラキラと輝かせて眼下の街並みを見渡す。
「すごいです!」
これは連れてきて正解だったと廉は思った。尚紀は、案外こういう場所が好きなのだと頭にインプットする。もしかしたら、スカイツリーや東京タワーなども喜んでくれるだろうか。
「まさかそこまで喜んでくれるとは思わなかったな」
廉がそう言うと、我に返ったようで彼の瞳の煌めきは少し鈍った。
「あ、すみません……」
違うのだ。そのキラキラした表情を廉はずっと見ていたいのだ。廉は、少し緊張しながら尚紀の背中に手を添えて、窓の向こう、奥の方を指さして、注意を促す。
「尚紀、あれを見て」
廉の指の先にあるのは……。尚紀の目が再び輝く。
「わ、富士山ですね」
声が弾んだ。喜んでくれたと、廉は嬉しくなる。
青空の下で、なだらかに伸びる稜線が美しい。
「雪で真っ白」
「冬だしね」
廉が顔を近づける。尚紀のいい香り。ずっと嗅いでいたいと思うが、それに気がついた尚紀はそっと顔を離した。
「六本木から富士山がこんなに綺麗に見えるんですね」
廉は頷いた。
「尚紀と一緒にここから富士山を眺めることができて、俺は幸せだよ」
廉はストレートに尚紀に向き合う。
「はしゃいで喜んでくれた方が断然嬉しい。尚紀のそういう顔を見たかった」
尚紀は表情を少し緩ませたが、何も答えてはくれなかった。
「ところで、尚紀は今日は素顔だけど、外出するのに変装とかはしないの?」
廉の突然の質問に、尚紀は少し困惑している様子。
「え? 特には……。しませんが」
そうか、と思う。尚紀のことだから、自分が周囲の注目を集めかけていることに気がついていないのだろう。先ほどのエレベーターに乗り合わせた女性二人とは何度か目があった。やはり尚紀が気になるらしい。
尚紀が有名であるのも、注目されるのも大変結構だ。彼の努力と実力が認められているということだから。
だけど、今日は廉にとっては初めてのデートで、相手はナオキではなく、西尚紀だ。
廉は尚紀に目を閉じてもらう。そこに自分が今かけていた眼鏡を尚紀の耳に掛けた。
いきなりの行為に尚紀は驚いた様子。
「え、なんですか。これ伊達ですか?」
廉が愛用する眼鏡には度は入っていない。社会人になってコンタクトを愛用するようになり、眼鏡はUVカットと埃よけで使うことが多い。
「今日はその眼鏡をかけて、少し素顔を隠しなさい」
廉がそう言うと、尚紀は少し目を伏せた。
「す、すみません。僕、全然気づかなくて。……目立ってたかも。すみません」
通りかかりの人が尚紀の名を口にしていた。そんな声が聞こえたのだろう。本人も驚いている様子だ。尚紀の仕事はそれほど影響が大きいということ。
「尚紀が気が付かないことは、一緒にいる俺が気がつけば問題はないことだ」
そう言って廉は軽く笑ったが、これからは自分が配慮しないとならないと気を引き締めた。尚紀と一緒にいたいのであれば。
「今日はモデルのナオキは休業だろ。俺は尚紀を独占したいんだ」
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