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閑話(29)
展望室を一回りして、同じ階にあるカフェに入った。廉はコーヒー、尚紀は紅茶を注文する。こういう時に、コーヒーではなく紅茶を頼む子なのだなと、廉はまた一つ尚紀のことを知れたと嬉しくなる。
飲み物が提供されて、お互いに一口飲んで気持ちも喉も腰も落ち着くと、尚紀が早速口を開いた。年末年始はいかがでしたか、と。
尚紀に年末の話を聞かれて、自分のことに興味を持ってくれたのが嬉しくて、心が弾んでいろいろと話す。実家での家族団欒、そして親友たちとの初詣。来年はどんな形でもいいから尚紀と一緒に過ごしたいな、と改めて思う。
両親はアルファとオメガの番だ。そして兄夫夫も番である。廉よりも七つ年上の兄は、廉が十代の頃に番を作った。すでに子供も二人いる。その家族の団欒の中で自分だけがずっと独りだったのだが、そこに何の違和感もなく毎年過ごしていた。
だけど、来年は尚紀を紹介したいと、ここに彼を連れていきたいと、廉は思った。
初詣だってそうだ。自分の番だと、まずは颯真と潤に紹介したい。そして来年は四人で川崎大師に初詣に行きたいとまで思っている。
尚紀と一緒にいると、やりたいことが増えてくる。
「尚紀は、どんなお正月だった?」
廉は訊ねる。実は尚紀の正月が寂しいものであったということは、庄司からはっきりは聞いていないものの、容易に想像はできるのだが、この話の流れからすると、聞かないわけにはいかない。
今は港区のマンションに一人暮らしをしていると聞いているし、番はない。実家に帰ることはできなさそうではあった。
尚紀はたまたま都合が合わずに一人の年末年始だったけど、それでも楽しかったと話してくれた。完全に気を遣わせている。
すると、不意に尚紀が堪えるような辛そうな表情を僅かに浮かべた。
一人で過ごした発情期を思い出したのか、それとも番との思い出が蘇ったのか。
痛々しい。そう思いつつ廉は鈍感なふりをした。尚紀、と呼びかけると、彼は無理矢理前を向くように柔らかい笑顔を見せた。
こんな状態での発情期は、気持ちも身体も辛いに違いない。思わず言ってしまう。
「一人は寂しかったね。年末年始に人が集まる時期だから尚更だ。来年もし都合がつかなかったら、ぜひ一緒に過ごそう」
廉の誘いに彼はふんわり笑った。承諾してくれたのかは、その笑みだけでは判断がつかなかった。
「江上先輩……。ありがとうございます。本当に親切にしていただいて……嬉しいです」
廉は少し嫌な予感がした。
「そのお心遣いで十分です、僕は」
廉はふと、尚紀の気持ちに距離を感じた。
「………」
どう反応していいのか迷っていると、尚紀は少し寂しげに俯いた。
「僕はどんなに努力をしても、あなたの番になることは叶いません。僕はあなたになにも返せないんです。優しくされると……幸せだけど、辛い」
尚紀はそう言って、身を縮ませた。
「僕の項には、変わらず前の番の噛み跡が残っています」
尚紀はそのままニットのネックラインを開いて、顔を横に向けて項を晒す。廉の前に、尚紀の無防備な項が晒された。
そこには、かなり目立つ形で番の噛み跡があった。
尚紀の項の噛み跡を見るのは初めて。これは尚紀と、今は亡き番の絆の証。廉は、それを目の当たりにし、想像以上にショックを受けている自分を自覚する。
「……尚紀」
言葉が冷えているのが自分でも分かった。
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こちらは本作10章9〜10話あたりのお話を廉視点で描いています。
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