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閑話(31)
廉は大きな吐息をもらした。
「はぁ……」
我に返って思わず周りを見渡した。
少し物思いに耽りすぎて、自分が迷子になっていた。
ふと、耳に届く可愛い寝息。
ベッドでぐっすりと眠り、無防備に寝顔を見せる尚紀を見て、廉は少し安堵する。
笑みが溢れた。
自分を見失いそうになっていた。
そう、今日は尚紀の診察に付き添い、一緒に誠心医科大学横浜病院に行き、そこで親友であり尚紀の主治医である森生颯真から、ペア・ボンド療法について話を聞かされ、自分たちの関係が発展するかもしれないという可能性を知った日だった。
ペア・ボンド療法の話を聞いた尚紀の目はキラキラ輝いていていて、廉は驚いた。
廉も、尚紀と番になる手段があることに嬉しくなったが、製薬会社勤務という職業上、それが簡単にいくことではないことくらいわかる。
それでも颯真は尚紀に希望を持って欲しくて、時期尚早ではあるが話したと言っていた。
尚紀が自分と番うことができないことがどれだけショックであるのか、颯真は知っていたということだ。
おそらく、彼は自分が知らないとする尚紀の過去を、本人から聞いているのだろう。
廉はベッドに背を預けて、天井を仰ぐ。
そう、あの六本木ヒルズの再会から、一ヶ月半近くが経つ。もうそんなに経ったのかと、激動を振り返ることができるが、尚紀と再会してからまだ二ヶ月ほど。
あの時、友人として関係をリスタートした。その程度だった。
今思うと、それでも廉自身は番であるからと、無自覚にかなり前のめりで、尚紀は戸惑ったことだろうと思う。
だから、あの六本木ヒルズで尚紀と気持ちが少し触れ合った気がした。
あれからも、チャンスを逃したくなくて、廉は頻繁に尚紀と連絡をとった。
本当は会いたいのだけど、彼は忙しいし、自分だって仕事がある。尚紀は職業意識が高いプロのモデルだ。そのパートナーとなりたい自分が、仕事をおろそかになど到底できない。
ぐっと抑えて、尚紀とは途切れない程度に連絡を取り、近況を報告しあった。
一年で一番寒い時期。マンションから出て、コートの襟を思わず引き寄せた。でも、空はとても青くて、思わず尚紀を思い浮かべてメール。
仕事で上司が持参する手土産を購入しに百貨店を訪れた際、まだずいぶん先ではあるけど、恵方巻きやバレンタインで平日にもかかわらず賑わっていた。思わず、眺めてみて回ると、可愛らしいチョコレートが陳列されていて、思わず買い求めそうになる。脳裏にあるのは尚紀の姿。友人としてならば、贈ることは許されるだろうかと、ドキドキしながら、メールを送った。
我ながら重いとは思うが、掴んだ尚紀の手を離したくなかった。彼は本当に可愛らしいほど律儀で、それにいちいち反応してくれた。
そんな雑談から発展して、電話も数回。
ドキドキしながら電話をかけた。
まるで恋する乙女のようだなと廉は自分を笑った。
自分は番などいらないと思っていた過去が遠い過去になっていた。
それでも尚紀がぱたりと返信が途絶えた日があった。
心配になり、廉は尚紀ではなく庄司に連絡をとる。すると、想像通りの答え。
尚紀は発情期に見舞われていた。
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廉は尚紀に送ったメールの内容は10章15話で尚紀サイドからもお読みになれます。
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